制作こぼれ話
(不定期掲載)

本誌付録特製ボードゲームのデザイナーが語る
~ノルマンディー戦のボードゲームの歴史(歴史群像162号)

◆歴史ボードゲームとノルマンディーの戦い

 今号で四度目の付録となる、歴史群像オリジナルの歴史ボードゲームですが、今回は2人用も1人用も、1944年6月のノルマンディー上陸作戦がテーマです。
 戦史をテーマとするボードゲーム(ウォーゲーム、またはシミュレーション・ゲーム)の歴史については、第150号の「こぼれ話」で紹介しましたが、本場のアメリカではこのホビーの黎明期から、記念すべき自国の歴史的勝利の一つであるノルマンディー上陸作戦を題材としたゲームが、数え切れないほど制作・発売されていました。
 ウォーゲーム/シミュレーション・ゲーム業界の先駆的メーカーだったアバロン・ヒル(The Avalon Hill Game Co.)社は、今から59年前の1961年に“D-Day”というゲームを出版しました。これは、1944年6月の連合軍のフランス上陸から1945年のドイツ敗戦までの西部戦線全体を題材とする、1ユニットが師団規模のゲームで、連合軍プレイヤーはパ・ド・カレーやディエップなど、ノルマンディー以外の海岸で「オーヴァーロード作戦」を実行することも選べるシステムになっていました。
 ノルマンディー上陸作戦自体に焦点を当てた最初のゲーム(同人レベルの個人出版は除く)は、アバロン・ヒル社のライバル的存在だったSPI(Simulations Publications, Inc.)社が、活動初期の1971年に発表した“Normandy: The Invasion of Europe 1944”でした。このゲームは、カーンからユタ・ビーチまでをマップに収めたゲームで、2年後の1973年にはコンフリクト・ゲームズ(Conflict Games)社からも、シェルブールからアルジャンタンまでの広い領域をマップでカバーする“Overlord”が出版されました。 

“Atlantic Wall”のボックスカバー。英仏海峡をにらむドイツ軍の巨大な沿岸砲台が描かれている。写真ではわからないが、ボックスの厚みが10センチもあり、収納場所に困る。SPI社はこの種の「モンスター・ゲーム」をいくつも出版していた。

 1979年にはアバロン・ヒル社が、1ユニット=大隊というスケールでノルマンディー上陸作戦を再現する“The Longest Day”を発売しましたが、SPI社はその前年の1978年に、これよりもさらに精密なゲーム“Atlantic Wall”を世に送り出していました。
 これは、1ユニット=大隊または中隊(ドイツ軍の沿岸防御ユニットは小隊)、1ヘクス=1キロメートルというスケールで、2000個のコマ(ユニットとマーカー)とA1サイズのマップ5枚を使って、ノルマンディー上陸作戦の全体像をリアルに再現しようとする、当時の言葉で言うところの「モンスター・ゲーム」でした(マップ1枚のみで特定の局面をプレイする「シナリオ」もあり)。

 コマの数では、前記したアバロン・ヒル社の“The Longest Day”の方が上回っていました(各種マーカーを含めて2603個)が、“Atlantic Wall”のマップ5枚を繋げて両軍のユニットを並べると、映画「史上最大の作戦」(1962年)のノルマンディー海岸での上陸シーンが目に浮かぶようで、壮観な眺めでした。

SPI社のモンスター・ゲーム“Atlantic Wall”のマップ5枚を繋げて広げたところ。大きさの比較で、今号付録「ノルマンディーの戦い」のマップを右上に配置している。ヘクス径も小さくて、ノルマンディーの戦場を俯瞰する気分に浸れる。

◆「ゲーム」の概念を打ち崩したモンスター

 私がこの“Atlantic Wall(大西洋の壁)”を手に入れたのは、中学二年、つまり14歳の時(1981年)でした。当時、ある日本のホビー会社が日本語の翻訳ルールブックを添付して、アバロン・ヒル社やSPI社などのウォーゲーム/シミュレーション・ゲームを日本で販売しており、大都市のおもちゃ屋で買うことができました。

“Atlantic Wall”のオマハ・ビーチ。海岸に展開するのは、ドイツ軍第352歩兵師団の機関銃陣地と抵抗拠点。そこにアメリカ軍第1歩兵師団と第29歩兵師団が、中隊単位で押し寄せる。背後には、ドイツ軍の歩兵中隊と砲兵大隊が控えている。
 

アメリカ軍の第一波が上陸した“Atlantic Wall”のオマハ・ビーチ。歩兵中隊とシャーマンDD中隊に加え、第1歩兵師団のアンドラス准将とテイラー大佐、第29歩兵師団のコータ准将らもユニット化されている(数字は修正値)。

 今回、久し振りに箱を開けてマップ上にコマを並べてみましたが、ドイツ軍の抵抗拠点が待ち構えるオマハ・ビーチにアメリカ軍の2個歩兵師団が中隊単位で押し寄せる光景には、購入から39年が経過した今でも、心を動かされます。中隊には歩兵だけでなく、水陸両用型のシャーマンDD戦車や、工兵、機関銃、対戦車砲などの兵科があり、戦闘解決時にはこれらの組み合わせで自軍に有利な修正を適用することが可能でした。ドイツ軍にも、パンター中戦車やティーガー重戦車、III号突撃砲、8.8センチ高射砲などの多様な中隊が用意され、歩兵大隊の防御戦を支援する上で重要な役割を担っていました。
 また、大隊規模で再現された砲兵ユニットには、口径ごとに異なる火力と、ヘクス数で計算する射程が記され、味方の部隊を遠距離から火力で支援することができました。連合軍の艦艇や航空機もユニット化され、艦砲射撃や航空支援もルール化されていました。空挺部隊のパラシュート降下では、着地予定のヘクスからの「ずれ」と損耗を中隊ごとにサイコロで判定し、想定外の場所に兵力が散らばって着地してしまうのが常でした。
 当時の私は、この「モンスター・ゲーム」をプレイしたことで、それまで自分が持っていた「ゲーム=娯楽的な遊び」という概念が打ち崩されるのを感じ、ただの紙のマップと紙のコマで、戦場の雰囲気をこれほどリアルにプレイする者の脳裏に投影できるのか、と深い感銘を受けました。多少の抽象化や簡略化はなされているとはいえ、戦史の「シミュレーション」を机の上で手軽にできるこのホビーに、私はすっかり魅了されました。
 過去の歴史群像付録ゲームを制作した時と同様、今号付録の「ノルマンディーの戦い」をデザインする際に念頭に置いたのは、プレイヤーが単に勝敗を競うだけでなく、それ以上の「価値」を味わえるようなゲームに仕上げたいということでした。
 コマとマップのサイズに制限があるので、私が“Atlantic Wall”をプレイした時に感じたような衝撃を生み出すことは難しいですが、映画「プライベート・ライアン」の冒頭シーンで描かれた激烈な上陸戦闘と、それに始まるノルマンディー海岸一帯での連合軍とドイツ軍の攻防戦がプレイヤーの脳裏にイメージできるよう、シンプルさを損ねない範囲で、歴史の再現性を高めるルールにしようと努めました。 

GMT社の“Normandy '44”のマップ(下)と、「歴史群像」付録の「ノルマンディーの戦い」のマップ(上。色校正紙段階のもの)。扱う領域は似ているが、前者は1ヘクスが3.8km、後者は5kmなので、ヘクスのサイズが違う(後者の方がやや大きい)。
 

“Normandy '44”のユタ・ビーチと内陸部。アメリカ軍は連隊、ドイツ軍は大隊規模のユニットで、米軍の2個空挺師団は、分散した空挺部隊の兵力がある程度集まった状態でユニット化されている。

 2010年にアメリカのGMT社から出版された“Normandy '44”は、手頃なサイズのノルマンディー戦ゲームとして今も高い評価を得ており、このゲームのプレイ経験もデザインの際に参考にしました。このゲームのユニット規模は大隊や連隊で、細かな戦術的側面をある程度システムに織り込んだ仕様になっていましたが、それらを使いこなすには一定の経験が必要でした。今号付録の「ノルマンディーの戦い」では、そうしたディテールを割愛する代わりに、作戦全体を俯瞰しながら手軽にプレイできるゲームに仕上げました。
 

◆テーマの絞り込みが重要となる一人用ゲーム

 一人用ゲームの「米軍空挺部隊の戦い」のデザインにおいても、当時の米軍司令官や各部隊の指揮官が直面した問題点を、プレイヤーが実感できるような作品に仕上げるよう、ゲームのシステム構築を進めました。
 米軍の第82・第101空挺師団とユタ・ビーチの第4歩兵師団の戦いを再現するゲームも、いくつかアメリカやフランスで出版されていますが、いずれもヘクスを用いた戦術レベルのゲームで、私の目指す意図とは方向性が異なるので、参考にはしませんでした。
 イギリス軍の第6空挺師団が「Dデイ」に行った、オルヌ川とカーン運河の橋を確保する作戦については、アメリカの3W(World Wide Wargames)という会社が、1988年に“Pegasus Bridge”という一人用のゲームを出版していました。イギリス軍のグライダー部隊が、オルヌ川のランヴィル橋とカーン運河のベヌーヴィル橋(のちに英軍空挺部隊のシンボルにちなんで「ペガサス橋」と呼ばれる)を奪取することを目指すゲームで、マップ上にはユニットを置くスペースとそれを繋ぐ線が細かく描かれていました。

3W社の“Pegasus Bridge”。かつてSPI社が創刊し、その後にいくつかの会社に権利を買い取られた“Strategy & Tactics”というゲーム雑誌の付録として出版された。
 

“Pegasus Bridge”のマップ。ユニットが置かれる丸や四角のスペースを線で結ぶシステムは「ポイント・トゥ・ポイント」と呼ばれる。「歴史群像」付録の「米軍空挺部隊の戦い」よりも細かな戦術的動きを再現可能。
 

“Pegasus Bridge”のユニット。両軍の指揮官ユニットと、小隊または分隊規模の歩兵が中心で、イギリス軍の対戦車兵器ピアットやガモン爆薬、ドイツ軍の自動車やIV号戦車なども登場する。ドイツ軍の初期戦力は、プレイごとに変化する。
 

 ただ、私が「米軍空挺部隊の戦い」で再現したかったのは、米国のテレビドラマ「バンド・オブ・ブラザース」の第2話で描かれたような、パラシュート降下時の兵力の分散という混沌とした状況から、各指揮官が兵員を集結させてドイツ軍の小部隊を各個撃破し、ユタ・ビーチから上陸した第4歩兵師団と合流するという流れなので、戦いの性質が違う“Pegasus Bridge”のシステムも、あまり参考にはなりませんでした。
 ゲームマップに収める領域をどうするかは、米陸軍の公刊戦史“Cross-Channel Attack”の収録地図を参考にして、比較的スムーズに決まりました。エリアの境界線も、連隊ごとのドロップゾーンを一つの単位にすることで、違和感なく設定できました。問題は、コマをどうするかですが、今回は敢えて米軍とドイツ軍の兵員ユニットには米軍の師団以外の所属部隊名を入れず、兵力の出現場所を不確実にするシステムにしました。
 これは、部隊名を細かくユニットに入れてしまうと、プレイ中の展開に違和感が生じたり、出現場所に制限を設ける必要が生じるからです。そのため、第82と第101の2個空挺師団にそれぞれ5人の指揮官ユニットを史実通りの場所に着地させ、彼らの周囲に降りる兵員の数とドイツ軍の出現については、プレイのたびに変化する形をとりました。
 一人用ゲームの場合、繰り返しプレイしてもらえるゲームに仕上げるには、パズル的な「最適解」が成立しないよう、一定のランダム性を盛り込む必要があります。過去に歴史群像の付録として制作した一人用ゲーム「日本海海戦」、「バルジの戦い」、「マレー沖海戦」と同様、今回の「米軍空挺部隊の戦い」も、まず最初にテーマ(題材となっている戦いの何をどのようにプレイヤーに感じてもらうか)を設定した上で、それに最適化したゲームシステムを、独自の視点で考案する手法をとりました。
 戦史を探究する興味を、書物とは違った角度で掘り下げてくれる歴史ボードゲームの世界。読者の皆様にも、歴史群像の付録ゲームでその醍醐味に触れていただければ、と願ってやみません。

(文/山崎雅弘)

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