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制作こぼれ話

城、ときどき蜜柑 ~南予地方・お城レポート~(歴史群像132号)

知られざる“城郭王国”

四重四階の大洲城天守。層塔式ながら漆喰壁に下見板を張って破風を配すデザインが渋い味わいです。

元祖・城ラマこと大洲城天守の「雛形」。平面図ではわからない各階の柱の位置や梁組みを示した模型で、これが残っていたおかげで天守の木造復元が可能となりました。

 今年の7月8日、松江城天守が現存12天守で5番目の国宝指定を受けました(そのほかの国宝指定されている天守は松本城、姫路城、彦根城、犬山城)。国宝となるには様々な厳しい要件をパスしなければならないようで、松江城も60年越しの悲願ということで話題になったのも記憶に新しいところでしょう。
 もちろん国宝に指定されていなくても、現存天守の歴史的価値はいささかも減ずるものではないことは言うまでもありませんが、実はその貴重な現存天守を同県内に2つも擁する県があります。それがあの「野球の王国」「みかん王国」こと愛媛県なのです。
 愛媛県で城郭というと、『坂の上の雲』の舞台でもある松山城のイメージが強いですが、松山城以外にも宇和島城、今治城、大洲城、湯築城と、合計5城が「日本100名城」に選ばれているという「城郭王国」。貴重な現存天守はもちろん、完全復元された木造天守や土塁と堀を巡らした中世城郭などバラエティー溢れるお城が一挙に味わえるわけなのです。「あまり時間がないけどいろんなお城を巡りたい!」というときにはうってつけです(まあそれでも2日以上はかかるんですがね)。今回は、そのなかでも近年、木造で完全復元された大洲城天守についてレポートいたします。

↑大洲城天守の吹き抜け。華頭窓の裏には大きめのスペースがあり、
ここから大鉄炮などで狙撃することを想定していたのかも。
 

→大洲城大手門跡の連続枡形。

木造復元された大洲城天守

郵便ポストは突然に。大洲市は某ドラマ最終回のロケ地だそうで、今は台湾などからロケ地巡りの観光客が訪れるそう。写真はドラマのなかで、雑賀孫市ではない方の鈴木氏が信長ではない方の織田氏に絶縁状を投函した現場。

オマケの一枚。松山市の道後温泉にある湯築城の二重の土塁と復元建物。あえて松山城をチョイスしないのが歴群イズム。

「伊予の小京都」愛媛県大洲市は内陸の盆地に位置しながら肱川の水運で豊後水道や伊予灘に通じ、伊予各地や土佐へ向かう街道が交わる交通の要衝。そんな立地なので秀吉による「四国国分」後はゴリゴリの豊臣大名たちの領地となり、元和3年(1617)に加藤貞泰が6万石で入って幕末まで続きました(ちなみにこの加藤さんは熊本城の大カトーや松山城の小カトーとは別系統)。
 大洲城の天守は明治になって老朽化のため解体されましたが、平成16年に木造復元されました。奇跡的に残っていた史料に忠実に復元された稀有な例で、現在の天守再建ブームの走りともいえる天守です。使われている木材はまだまだ新しく、築城当時の慶長年間の雰囲気を感じることができます。
 実は大洲城天守は1階と2階が吹き抜けという独特の構造となっています。吹き抜けについては安土城天守が吹き抜け構造だったのではないかとされていますが、国内の城で確認されている事例は大洲城だけとのことで、本来火災に弱いはずの吹き抜けにしてある理由は不明だそう。一説では食料などを吊って引き揚げたのではないかということです。
 聳える四重四階の層塔。縄で吊り下げた機関・・・いや大鉄炮を引き揚げる守備兵。本丸目指して進撃してくるタイガー戦…もとい、猪武者たち。各社プレス陣の中、一人妄想する小平太なのでした。

(文=プライベート・コヘイタ)


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