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制作こぼれ話

海自掃海部隊の機雷戦訓練を見学(歴史群像97号)

有事に備え、ひたすら訓練に励む隊員たち

横づけのため、慎重に掃海母艦に近づくMSC677『まきしま』。中深度掃海・掃討能力を有している『うわじま』型掃海艇である。今回の取材で乗艇、大変お世話になった。

訓練を指揮する掃海群司令部が乗る、掃海母艦『ぶんご』。艦尾のウェルドックが開き、処分艇が待機している。普段はなかなか見ることのできないシルエット。

掃海母艦でのランチメニュー。『ぶんご』の食事は美味しいと評判。ちゃんと代金はお支払いします。

専用ダビットで海中に投入された機雷処分具「S-7」。航行用の推進機が回り、水しぶきを上げ、まさに機雷を探しに行く瞬間である。

訓練が終わり、掃海艇の専用ダビットで吊り上げて収容される「S-7」処分具。本日も見事に任務を全うした。

 2009年7月27日、青森県陸奥湾において実施された、海上自衛隊掃海部隊による機雷戦訓練を見学・取材することができました。
 同訓練は、年4回行われる主要な掃海訓練のひとつで、主な目的は掃海の基礎訓練です。この他、春に硫黄島で行われた実機雷処分訓練、秋に日向灘で予定されている戦技訓練(掃海の技術を各部隊で競う訓練)、冬に予定されている周防灘での応用訓練などがあります。
 今回の陸奥湾での訓練は、全国の掃海部隊から掃海母艦2隻、掃海艦2隻、掃海管制艇1隻、掃海艇20隻、ヘリコプター5機が参加する大掛かりなもので、部隊によっては遠く沖縄から参加している掃海隊も含まれます。沖縄からですと、陸奥湾に来るだけで一週間はかかります。
 参加部隊は7月16日、大湊に集結を完了し、まずは事前研究会を実施。訓練の内容や目的を統合します。何事も最初が肝心なのです。
 翌17日、大湊を出港。港から1時間くらい沖合の訓練海域に向かいます。ここから14日間にわたり基礎訓練を実施します。大湊に上陸することはあっても母港には帰れませんから、長く辛い訓練です。その2週間をまず「1」から「3」のフェーズにわけます。1フェーズは約4日間、同じ内容の訓練をフェーズ毎に実施部隊を代えて3回実施します。基礎訓練ですから反復が大切なわけです。具体的には、まず航空機と艦艇による(火薬の入っていない安全な)訓練機雷を敷設する訓練を実施します。続いて機雷を監視し、排除する訓練。ダイバーが活躍するEOD(水中処分/Explosive Ordnance Disposal)戦術訓練。掃海母艦へのヘリコプター発着艦訓練などが予定されています。
 そして28日に大湊に入港。各種研修や事後研究会を実施した後、30日に部隊は解散。ようやく母港に帰るわけです。ちなみに掃海部隊は通常、「掃海隊群」と各地方隊の「掃海部隊」に分かれていますが、この期間の訓練では各地方隊の掃海隊も、掃海隊群の統制下に入ります。
 さて、当日はあいにくの空模様で、午後から本降りになるという予報でした。よって真夏の目が覚めるような空と海を行く掃海艇…とはならず、今にも降りだしそうな灰色の空の下、掃海艇MSC677『まきしま』に乗艇。陸奥湾沖合の掃海母艦『ぶんご』に向かいます。『まきしま』は『うわじま』型の6番艦として平成6年に竣工した艇で、現在、呉地方隊・阪神基地隊の第42掃海隊に所属しています。司令は若い2等海佐なのですが、この司令が実に行動的で、大変親切にご対応くださり、とても感銘を受けました。
 陸奥湾内といえども広いですし、掃海艇はあまり速く走れません。というのも速く走る必要がないからです。『まきしま』は最大速力が14ノットですが、これは新旧にかかわらず現役掃海艇も含めて皆、14ノットが最大です。護衛艦が30ノットですから、かなりゆっくりです。
 沖合の母艦『ぶんご』まで1時間半はかかるというので、早速、艇内旅行を開始。まずは艦橋にあがります。排水量が約490トンですから、決して広くはない艦橋内にびっしりと機器が配置され、その中で乗員の方々が、肩がふれあう距離でキビギヒと作業を進めていました。艇長の大きな声で次々と指示が出されます。「両舷後進微速~」なんてかかると嬉しくなります。言い回しというかイントネーションは独特で「りょうげん、こうしんびそ~く」というような、旧海軍からの伝統を今日でも受け継いでいます。ちなみに出港ラッパは、海軍と海自では違いますので念のため。
 しばらくすると、左舷後方から護衛艦が1隻近づいてきました。舞鶴の第14護衛隊に所属する『はまゆき』です。どうも隊司令が乗っているようで、こちらも掃海隊司令が乗っていますが、護衛隊司令の階級が上ですから、こちらからラッパで敬礼をします。もちろん『はまゆき』からも答礼があり、続いて発光信号が送られてきます。30センチ信号探照灯の前面に取り付けたシャッターを操作して、1分間に35文字のモールス信号を送ってくるので、読みとるのは結構大変。3人掛かりでモールスを読み取っていました。「舞鶴に帰るそうです」「訓練の成功をお祈りしますと言ってます」と報告されると「キカンのゴコウイにカンシャシマスと返信!」と指示が出されます。彼らにとっては日常風景なのでしょうが、とても興味深い一幕でした。
 まもなく、右前方沖合にうっすらと掃海母艦が見えてきました。その他にも何隻か掃海艦、掃海艇が居ます。訓練海域は横が約12キロ、縦が約6キロなので、遠くに艦艇が散らばっているという印象はありません。予定ではこのまま『まきしま』は『ぶんご』に横づけし、我々を送り届けてくれることになっています。接近するにしたがい、慎重な操艦が続きます。洋上にある母艦に横づけする際も「入港ラッパ」が吹かれました。見事といってよい穏やかな接近で、どんぴしゃりと母艦の横に到着、ラッタルをかけてもらい無事に移乗完了。
 訓練の総指揮をとる掃海隊群司令にご挨拶を済ませて、早速「掃海部隊の概要」や、陸奥湾での「機雷戦訓練」の紹介、いわゆるブリーフィングを受けます。その後、お待ちかねの艦内旅行に出発。『ぶんご』は『うらが』型の2番艦として1998年3月に竣工した排水量5700トンの大型掃海母艦で、任務は掃海艇への補給、掃海艇乗員の休養、機雷の敷設など。大規模災害時にもその力を発揮することができる、頼もしい母艦です。また国際貢献にも参加し、1999年にはトルコ地震に対する支援業務として、仮設住宅などの援助物資を輸送しています。その後もアフガニスタン避難民への救援物資輸送や、インド洋派遣部隊としても活躍しています。艦内は全長が141メートルもあり、艦橋や艦尾のウェルドックも広々としています。
 大型の掃海ヘリが運用できる発着甲板や、水中処分員の減圧症対策のための高圧治療用のチェンバーなどを見学後、実はかなり楽しみにしていたランチタイムとなりました。『ぶんご』は掃海部隊の中でも食事が美味しいと評判なのです。当日のメニューも、肉あり野菜ありと、バランスを考えた食事で残さずいただきました。念のため書き添えておきますが、ちゃんと昼食代はお支払いしました。
 お腹も一杯になったところで『ぶんご』とお別れをして、先の掃海艇『まきしま』に再び移乗。いよいよ本日のメインイベント、掃海訓練の見学となります。我々が移乗後、即座に出港ラッパを響かせて訓練海域へ。このとき母艦から「帽フレ」をいただきました。たいへん感慨深いものですが、受ける側が先に止めるというルールですから、いつまでも調子に乗って「帽フレ」を続けてはなりません。掃海隊司令の粋な計らいで『ぶんご』の横を見ながら航行してくださり、美しく大きな船体があらためて確認できました。
 そんな折、にわかに雲行きが怪しくなってきて、ポツリポツリと雨が…。せめて主要な訓練が終わるまでは本降りにならないで欲しいとの願いも空しく、雨脚は激しくなる一方です。「予定より少し早く始めましょう」ということで、機雷掃海具を使った機雷捜索・処分訓練が実施されました。黄色い「S-7」という国産の機雷掃討用処分具がクレーンで海面に降ろされます。
 「S-7」は、中深度用の1型と深々度用の2型があり、『まきしま(うわじま型)』には1型が搭載されています。本体後部に推進機2基を持ち、有線誘導により水中航走が可能で、超音波水中映像装置を通して処分対象の機雷を発見。その後、搭載された処分爆雷を機雷の直上に投下(今回は訓練につき投下せず)し、「S-7」は反転帰投します。後は時限装置で機雷もろとも処分爆雷を爆発させ処分を行う段取りになります。その様子は掃海艇側のCIC(戦闘指揮所)からソーナーや映像で確認することができ、正確に処分対象を把握・処分することが可能です。「S-7」は想像よりはるかに動作が機敏で、運動性能も優れているようです。実際に超音波水中映像装置の画像を見せてもらいましたが、モニターを確認すると、訓練用の模擬機雷を見事にカメラに捕らえて離しません。
 目的を果たした処分具を、今度は掃海艇に回収するのですが、これも実に見事。すぐさま「S-7」は白波を蹴立てて戻ってきます。艇に近づくと先のクレーンが延びて、いとも簡単に「S-7」を釣り上げます。これだけ素早く行えるのは日頃の訓練の賜物でしょう。無事に機雷処分具の訓練も終了。この頃になりますと、お借りした合羽も意味をなさないほど激しい雨となり、見学は中止。早めに大湊に帰港することになりました。最後は少々残念でしたが、天候にはかないません。もっとも、これだけの悪天候の中、本当にいろいろな訓練や装備を紹介・説明していただけたので、大満足で大湊港への帰路につきました。
 機雷は、安価で敷設も比較的簡単であり、かつ与える心理的効果や実際の被害の投資対効果から、なかなか無くならない兵器といえます。これまで主要な戦争や紛争では必ずと言っていいほど使用されてきましたし、今日でも安全な航海を脅かすやっかいな存在です。そして、いざ1発でも機雷が発見されれば、掃海部隊でなくては安全・確実に処理できないのが実態です。
 その1発の処理を無事に完了するには、ひたすら訓練に励むしか途はありません。いつくるかわからない有事に備えて、彼らは黙々と、そして地道に訓練を続けているのです。

(文=勝目純也)