雑誌歴史群像―次号制作進行中

No.157 (2019年10月号)

No.157は9月6日発売予定です。

小さなボディにかけられた日本海軍の期待とは?(第三特集・2019年8月24日)

日本海軍は、太平洋戦争において排水量100トン以下の小型潜水艇を数多く運用した。開戦劈頭、ハワイ・オアフ島の米太平洋艦隊攻撃を企図して作戦投入された「甲標的」を皮切りに、艦船攻撃用にとどまらず運搬用、そして特攻用として多種多様な小型潜水艇を開発、運用していった。これらの小さな「秘匿兵器」に日本海軍はどのような期待を託し、戦場に送り出したのか? その設計や開発の実相とは? ハワイで、オーストラリアで、フィリピンで、そして本土で――第3特集「日本海軍 小型潜水艇全史」は、数多くの戦場で戦い、海軍作戦の一翼を担う戦力としてやがて来るであろう決戦と向き合った小型潜航艇の変遷を一望し、個性的な小型潜水艇の姿に迫ります。

WWⅠ海戦秘録~独英艦隊の「追いかけっこ」が残したものとは?
(記事・2019年8月24日)

第一次大戦勃発時、アジア太平洋の海域には少数ながらドイツ軍艦が存在した。ドイツ帝国が植民地を警備するため派遣した、シュペー中将率いる東洋艦隊である。開戦と同時に、シュペー中将はアジア・太平洋域に展開するイギリスを始めとした連合国の艦隊との正面戦闘を避け、通商・連絡インフラの破壊を主眼としたゲリラ戦的な作戦を展開。その暴れっぷりは、日本でも報道されたほどであった。優勢なイギリス艦隊を引きずり回したドイツ艦隊の戦いの実相と、それが後世に残したものとは? 「獅子奮迅! WWⅠドイツ東洋艦隊」は、海戦史に残る一大艦隊決戦・ジャットランド沖海戦の陰であまり語られることのなかったもう一つのドイツ艦隊の戦いに焦点を当てます。

過ぎたるは――いや、手数は多い方がよかった時代の戦車開発物語
(COLOR DOCUMENT・2019年8月19日)

戦車の攻撃対象が有刺鉄線や機関銃、野砲で守られた陣地である、という前提で戦車開発が行われていた時代――戦間期に、突発的な進化を遂げた車種があった。「多砲塔戦車」がそれである。通常の戦車を凌駕する巨体に多数の砲塔、銃塔を備えた陸の王者(と各国陸軍関係者のだれもが思った)は、イギリスのインデペンデント戦車を嚆矢として各国陸軍で盛んに研究、開発が進められた。しかし繁栄するかと思われたこの「一族」は、なぜか短期間で滅びの坂道を転げ落ちる。その理由は? COLOR DOCUMENT「多砲塔戦車の時代」は、美麗な彩色写真を駆使して過ぎ去りし戦車開発の一時代を回顧しつつ、誕生から終焉までの歩みを分析する。

車輪のあるものを台車で運ぶ意味とは?(日の丸の轍・2019年8月14日)

1930年代、各国陸軍では急速な機械化(自動車化)の流れの中で、火砲にも車両牽引への対応を求めました。人力よりも馬匹、馬匹よりも車両というように牽引速度が上がる分、引っ張られる火砲にはそれに対応する構造強度が求められ、欧米はもっぱら砲座や車輪を強化する方法で対応。日本でも「機動」の名を冠した機械化対応の改良を施した火砲が開発されます――が、今回「日の丸の轍」で取り上げる「機動運搬車」はまったく別方法のアプローチ。日本陸軍はなんと、既存の砲(九四式三十七粍対戦車砲)に手を加えることなく、それを丸ごと載せる専用の台車を開発してしまいました。砲の改造をしなかった意味とは? 機動運搬車の性能とその開発に込められた合理性、運用思想に迫ります。

ふわりと浮かぶ「コウノトリ」の武勇伝(蒼空の記憶・2019年8月12日)

フィーゼラーFi156シュトルヒは、無類の単距離離着陸性能を持ち、偵察や着弾観測、連絡や傷病兵搬送など多岐にわたって使用されました。シュトルヒはドイツ語で「コウノトリ」を意味します。大きく羽を広げた鳥が風に舞うように、ふわりと空中に飛び立つ姿はまさにその名のごとし。戦闘機や爆撃機などとは異なり、地味な活躍が持ち味の本機ですが、一方でムッソリーニ救出作戦における高山での離着陸やソ連包囲下のベルリンへの強行着陸など、か細い身からは想像しがたい数々の武勇伝も誇ります。次号「蒼空の記憶」では、縁の下の力持ちとしてドイツ軍将兵から頼りにされた名機シュトルヒを多方向から解説します。彩色写真もお楽しみに!
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