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制作こぼれ話

中島九一式戦闘機学術調査PROJECT (歴史群像83号)

復元の時を待つ陸鷲の心臓(エンジン)を公開!

 昭和6年12月26日、日本陸軍は新たな戦闘機を制式採用しました。日本では珍しい(制式戦闘機では唯一)パラソル翼の戦闘機として日本航空史に名を残す九一式戦闘機の誕生です。その心臓部であるエンジンには、イギリスの名門、ブリストル社のジュピター・エンジンが搭載されていました。ジュピターは、中島飛行機によりライセンス生産され、後に独自開発の『寿』や『光』を生み出す基礎となり、零式艦上戦闘機のエンジンとして知られる傑作『栄』誕生の源流ともなります。
 この歴史ある航空機、九一式戦闘機の学術調査プロジェクトが進められていることは『歴史群像』誌面でもお伝えしましたが、その一環としてイギリスで発見されたジュピター・エンジンの購入とレストアが行われており、去る3月30日、晴れてマスコミ公開となりました(翌31日には一般公開もされました)。場所は東京都立産業技術高等専門学校・荒川キャンパスの科学技術展示館(F.A.M.E.ギャラリー)です。
 プロジェクト推進の中心メンバーとなっているのは、小社刊『世界の戦争博物館』の著者としてもお馴染みの三野正洋氏です。三野氏は、日本大学助教授として教鞭を執る傍ら、軍事、兵器に関する書籍を多数執筆されていますが、今回の九一式戦闘機復元は、三野氏にとってもライフワークともいえるプロジェクトで、取材のマスコミ関係者への解説にも熱がこもっていました。
 公開されたジュピター・エンジンは「ジュピターⅥ型」で、別途購入したプロペラを取り付けた形で展示されました。
 ジュピターⅥ型は、当時の空冷星型エンジンとしては珍しい吸気×2、排気×2の4バルブを採用。9気筒エンジンなので、キャブレターも3連装備(各キャブレターが3気筒分の混合気供給を担当し、スパイラル配置の連結路を経由してエンジンに送る凝った構造)していました。4バルブエンジンは、水冷エンジンには採用されていましたが、空冷星型エンジンでは珍しい形式(2バルブが主流)でした。4バルブは2バルブより吸排気効率が高く、現在では市販乗用車のエンジンに普通に搭載されていますが、昭和6年当時の、しかも空冷星型エンジンとしては、かなり「尖がった」仕様でした。エンジン各部には、部品メーカーの銘板もあり、見応えがあります。
 また、取り付けられていた木製プロペラには、製作にあたった日本楽器製造(現「ヤマハ」)のシンボルである音叉を三本交差させたマークが刻印されています。「イギリス機械工業力と日本木工クラフトマンシップの出会い」といったところでしょうか。
 修復完了は3年後目途とのことですが、経過は今後も『歴史群像』誌面などでお伝えする予定です。また、公開場所となった科学技術展示館や、九一式戦闘機の胴体部分を収蔵し復元協力している所沢航空発祥記念館には、多数の航空機や航空技術に関する展示があり、一般公開されています。興味のある方は一度訪れてみてはいかがでしょうか。

(文=熊右衛門尉)