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制作こぼれ話

戦争遺跡NEWS 旧陸軍の高射機関砲を発掘 (歴史群像84号)

工事現場で発見された旧軍の火砲

発見された2センチ二式多連高射機関砲の1門。砲は機関部など一部が失われているものの、砲身はほぼ原形を留めていました。この機関砲はドイツのFlak30を原型として開発されたもので、砲それ自体を除くと原型のFlak30と非常に似ています(Flak30の写真やイラストをお持ちの方は比べてみては?)。

四式基筒双連高射機関砲は、基筒に取り付けられた状態で発見されました。機関部は原型を留めているようですが、砲身は片方が欠損しています。2連装ともなるとかなり大柄に感じられます。

“多連”用の電源ケーブルを巻いたリールです。全部で6個発見されたことから、機関砲を“多連”と判断する根拠の一つになりました。ケーブル末端は接続端子になっており、金属の端子カバーが付いています。ケーブルの被覆は布製です。

指揮装置の一部のようです。メートル、キロメートル単位の距離設定ダイヤルや「測距器」というプレートが貼られたケーブルの引き出し孔があります。このほかにも電源端子と思われる部品やモーターなどが発見されています。

海軍の九六式25ミリ機銃。基筒と機銃がバラバラになっています。ほとんどが機関部のない、マウント部分だけの状態ですが、1門だけ機関部と銃身の一部が残った状態でした。写真をよく見ていただくと銃身の放熱フィンが確認できます。

今のところ正体不明の鉄筋コンクリート製掩体です。周囲はコールタールが何重にも塗られており、初夏の陽光に照らされて溶解した部分に足を取られました。コールタール塗布の目的は中に収めた機材を湿気や漏水から守るためと思われます。

 2007年6月6日、羽田空港新国際線ターミナル建設現場から発掘された旧日本軍のものと思われる火器が、報道関係者に公開されました。空の玄関口である、空港の工事現場から、航空機をターゲットとする高射兵器が発見されたということで、注目されたニュースです。
 当初の報道では機関砲、高射砲など表現がまちまちで、口径も20ミリ、3.5センチと混在し、はっきりしたことはわかりませんでしたが、報道写真を見る限り機関砲なのは間違いなし。近年発見されたものの中では、かなり珍しいものなのでは……ということで編集部では詳細を把握するべく、発掘現場の取材をお願いすることになりました。工事関係者のご好意で工事現場には2度お邪魔させていただき、後日、追加で発掘されたものも取材させていただきました。
 6月6日に報道写真で公開されたものは、二式多連高射機関砲の1門(ほかに砲なしのものが1門見つかっています)と思われます。二式多連高射機関砲は、口径20ミリの2センチ二式高射機関砲を6門セットとして、これに照準・射撃コントロールを行う指揮装置と電源車を組み合わせたものです。
 指揮装置と6門の機関砲が電気的に連動しているのがミソで、指揮装置で目標を照準すると、それに連動して6門の機関砲が電動で目標へと指向します。指揮装置からの統制射撃のほか、各個照準・射撃も可能でした。
 普通の2センチ二式高射機関砲と“多連”の大きな違いは、砲の旋回・俯仰動作を遠隔で行うための駆動用モーターを内蔵し、電気接点が設けられていることです。発掘された砲を調べたところ、砲座基部から電源ケーブルの接続端子が出ていました。また、電源ケーブルが巻かれたリールが6個、指揮装置の一部と思われる機材、駆動用モーターなども発見されていますので、“多連”であることはほぼ間違いないと思われます。
 このようなシステム高射兵器自体、日本の兵器体系では珍しい存在ですし、全部で16基(16セット)しか作られなかったという点からも貴重なものといえるでしょう。
 この“多連”とともに、昭和19年に制式化された四式基筒双連高射機関砲も発見されています。
 四式は、2センチ高射機関砲(二式高射機関砲のものと基本的に同じ)を2門、専用のマウントで基筒(工事現場とかにあるパイロンに似た形状の銃・砲架基部)に取り付けたもので、本土決戦に備えて重要施設の防空用に配備された機関砲です。
 さらに、後日の発掘で海軍が使用した九六式25ミリ機銃も発見されました。艦載用、施設防空用の、海軍ではスタンダードな機銃です。こちらは機銃が1門のほかに基筒が多数発見されています。面白いのは、基筒の接地部分の形状にバリエーションがあること。複数の製造工場に発注したためでしょう(さすがに固定用のボルト孔の間隔は揃っています)。
 陸軍、海軍の対空火器が同じ場所から発掘された点についてですが、これは羽田付近における陸海軍部隊の配備状況に関係があるようです。羽田空港の前身、東京飛行場には終戦まで海軍霞ヶ浦航空隊の分遣隊が駐屯しており、滑走路からさらに海側に張り出した出島には陸軍の高射部隊がいました。海軍の機銃は施設防空の任にあったもので、付近に駐屯していた陸軍高射機関砲部隊の装備とともに集められ、GHQの命令で埋められたものと思われます。
 兵器以外にも面白いものが発見されています。長辺8メートル強、短辺6メートル強、室内高2メートル程の鉄筋コンクリートの掩体です。天井には直径5メートル以上の大きな開口部があり、隅には出入り口らしき四角い開口部(階段として使っていた木材と思われる木片もありました)があります。
 興味深いのは、掩体全体をコールタールでコーティングしてあることです。発見された場所が当時は海にかなり近かったということと、地下に埋設していたことなどから、これは湿気と漏水を防ぐための処置と思われます。
 この掩体に何が収められていたかですが、円形の大きな開口部から判断すると、電探や聴音器、測距儀のような旋回させる必要がある機材が置かれていた可能性があります。
 いずれにしろ、探究心をそそられる発見であることは間違いありません。火器や掩体を使っていた部隊やその配備状況など、詳細を調べれば本土防空の状況を知る手掛かりにもなるはず。編集部では今後も情報を収集していく予定です。

(文=熊右衛門尉)