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制作こぼれ話

吉原先生インタビュー(歴史群像109号)

 雑誌『歴史群像』の連載コミック『エクリプス 太陽が欠ける日』が、109号で最終回を迎えました。今回の「制作こぼれ話」はスペシャル企画として、著者・吉原昌宏先生への直撃インタビューを配信。緻密な作画と巧みなストーリー展開に定評のある吉原先生の作品に対する想いと、その創作の秘密に迫ります!

『エクリプス』のもととなった2つの設定

吉原昌宏先生のデスクを初公開! 机の上に置かれたトレス台は、画材専門店の世界堂で当時いちばんいいモノ(蛍光灯を2本内蔵)を購入したそうで、吉原先生いわく「持って帰るのが大変だった」とか。


貴重な作画中のショット。『歴史群像』109号187ページのコマにペン入れしているところ。資料の写真は、兵士たちのポーズや車両とのバランスを取る参考となる。

鉛筆の下描きにペン入れが終わった段階。先生いわく「上のコマの機甲部隊は描くのが面倒で、いちばん最後になっちゃった」そうだ。吉原先生の生原稿はすばらしくキレイなのだが、写真でおわかりいただけるだろうか?

見開きページにスクリーントーンが貼られたところ。ここからさらに重ね貼りやカッターで削りを入れることで、質感が表現されるのだ。どこにどう手が加えられたのか、お手元の『歴史群像』と比較してほしい。

作画資料となった洋書類。とくに戦争モノでは兵器や軍装などの作画資料が絶対に必要となるから、多くの資料の渉猟と蓄積が重要となる。

――吉原先生には、『歴史群像』99号から『エクリプス 太陽が欠ける日』を連載していただきましたが、この109号で大団円を迎えました。本作品の発想のもととなったものはなんでしょうか?
吉原 もとは2つあります。1つは1980年代頃から知られはじめた、インドネシア残留日本軍兵士の人たちのこと。これをヒントに、第二次大戦終結後も現地にとどまった日本軍兵士、という設定ができます。ただ、ここまではアイデア・メモみたいなもので、それ以上具体的には考えていませんでした。
 もう1つは、以前から「日本軍兵士の軍装をしていない日本人」で冒険ものが描けないか、というのがありました。私は「軍隊組織の中で戦争をする軍人」を描くことにはあまり興味がないので……。どうもこういう言い方は身もフタもないですが、そういう話は他の作家の方々が描いておられますし。そういったジャンルの最高傑作はTVドラマ『バンド・オブ・ブラザーズ』の、とくに第10話だと私は思っています。これを超える作品は当分のあいだ出てこないのではないでしょうか……。いわゆる「戦争マンガ」とは、なにかもっと違った状況の中で人物を描いてみたいという思いがありました。

――吉原先生には、『歴史群像』96号から「戦場伝説」シリーズとして1話完結の短編コミックを描いていただいておりました。『エクリプス』は全10話にわたる連載となりましたが、以前から構想があったということですね。
吉原 今回、編集部から「すこし長い話を、太平洋戦域を舞台にして……」というリクエストをいただきまして、前述の2つの設定を素材として、『エクリプス』という作品ができあがったということになります。ただし、登場人物がおかれた状況は最初のアイデアとは違ったものになっています。舞台はフランス領インドシナで、時期は第二次大戦後としました。それによって軍事作戦の内容や登場する兵器類の選択肢が広くなります。それから関連資料、とくにフランス軍関係のものをそれなりにそろえることができた、ということもあります。
――作中のキャラクターで、お気に入りは誰ですか? あるいは動かしやすかったキャラクターはいましたか?
吉原 お気に入りかどうかは別として、作品のなかでもっとも重要な人物は主人公ですから、その造形にいちばん力を入れることになります。「動かしやすいキャラかどうか」という点については、この作品のおおまかなストーリーは最初にできていましたので、そういう心配はありませんでした。
――主人公の佐藤以外では?
吉原 佐藤以外の人物で1人挙げるとすれば堺上等兵でしょう。最初に主人公と敵対する関係にあると見えた人物が、話が進んでいくにつれてお互い相手に一目おくようになっていく……というのは、ひとつの典型的なパターンです。私の場合、ノーマン・ジュイソン監督の映画『夜の大捜査線』(アメリカ/1967年)からこの形を教わりました。途中からこの2人組で弥次喜多道中みたいになっていきまして、人により好き嫌いはあると思いますが、私はキャラ同士のこういう掛け合いは好きなんです。

孤独であることを恐れない人物が理想像

――執筆時に苦労されたことはありましたか?
吉原 いちばん苦労したのは、日本人の登場人物の描き分けでした。作品を通して見ていただくと、最初の1~2回はキャラの顔がずいぶん堅苦しいのに気づかれると思います。われわれ東洋人の顔の造形は、欧米やアフリカ、アラブといった人びとと比べると凹凸が少ないし、髪の色も黒1色ですので。私くらいの腕前では描き分けはなかなか難しいです。しかも兵隊さんとなれば髪形も体型もほぼ似かよってきますので、あとは身長とメガネの有無くらいしか細工がなくなってしまいます(笑)。ふだんからスケッチなどして、もっとトレーニングを積んでおくべきだったと、後悔先に立たずで反省しております。
――たしかに兵隊もそうですが、いわゆる「制服モノ」は、人物の描き分けに苦労するジャンルですね。それでは、『エクリプス』という作品のテーマを、一言でいうと?
吉原 テーマというほど高尚ではないですが、主人公を「孤独であること」あるいは「組織から離れること」を恐れない人物として描きたいと思っていました。守ってくれる組織もコネもなく、たったひとりで絶望的な状況をどう切り抜けて生き残るか、というところが見せ場になる。……これが私の好きな英国風冒険小説の王道です。恨み言は決して口にしない、同情も求めない、そういうキャラがカッコいいと思うわけです。私自身はとてもじゃないがそんなタフな人間ではありませんので、それで主人公に、これは男性でも女性でもですが、かくありたしという理想像を仮託することになります。そういう意味では『エクリプス』は、私なりの「ファンタジー」であり「架空」戦記だということになるかもしれません。……一言でいってませんね。長々と失礼しました。
――ありがとうございます。次に執筆環境についてうかがいたいのですが。ふだん、どのような仕事場で執筆されているのですか?
吉原 ごく普通の賃貸マンションの1室です。私の師匠(弘兼憲史先生)の仕事場でもそうでしたが、マンガを描くのはひたすら単調で退屈な作業ですので(笑)、やはりTVなどの刺激が欲しくなります。しばらく前から仕事場にケーブルTVが入りましたので、地上波の番組を我慢して見る、正確には音だけ聞いているんですが、その必要がなくなって、大いに救われました。衛星放送の海外ニュースやドキュメンタリー、スポーツ専門チャンネルなどをよく見ています。海外ドラマも充実してますが、これはうっかりTVのほうに顔を向けると画面にクギづけになり、仕事が停滞してしまうので油断なりません(笑)。
――それは油断なりませんね(笑)。音楽とかもお聴きになるんですか?
吉原 音楽も、BGMていどなら能率アップに役立ちます。でもしばらく前にひさびさにブルース・スプリングスティーンのアルバムなんか聴きはじめたら、のめり込んでしまって、やっぱり仕事になりませんでした(苦笑)。

私の知るかぎり漫画家さんには2種類います

――作品のプロット(筋立て)やネーム(絵コンテ)は、どんな環境で考えてらっしゃいますか?
吉原 プロットは、どこで、ということもなくいつもアタマのなかにあって、道を歩いているときなんかに突然ひらめくことは多いです。断片的ないくつかの場面をこういうふうにつなげればうまくいきそうだ、とか……。ですが、そういうときは瞬間的に注意力が散漫になるので、交通事故などの危険がありますね。それに「しめた!」と喜んだとたんに頭の中の買物リストが消えてしまって、帰宅してから「しまった!」と思うなんてこともありました。実話です。
――なるほど(笑)。では、ネームは仕事場で?
吉原 具体的にネームを切るときは、喫茶店やファミレスに行きます。私の知るかぎり漫画家さんには2種類いて、仕事場で集中しないとネームができないという人と、家の中は辛気くさくていけない、外のちょっとおシャレな喫茶店のほうが気分が乗るという人に、はっきり分かれているようですね。
――戦争モノを描くにあたって、どうしても資料が必要になると思いますが、作画資料などはどうされていますか?
吉原 いちばん多いのは印刷物です。日本語の資料は……たとえば戦車関係はドイツ、軍艦なら日本海軍と圧倒的に偏っていますから、どうしても洋書の資料をあたることになります。しかし作画資料であれば、英語以外の書籍であっても写真や図面を目で見て理解できればいいので気楽です。また、最近になってやっと私もデジタルカメラを使いはじめましたので、プラモデルのキットが発売されているものは素組みでおおまかな形を組んで、それを写真に撮って参考にする、という手法が使えます。『エクリプス』に登場したホルサ・グライダーなどは、超地味な機体ゆえ出版物ではまとまった資料が見つからず、担当の編集さんが入手してくれた外国のプラモデルを参考に描きました。

いままでの連載では野郎しか描けない!?

――マンガを描くのは非常に根気のいる作業であると思いますが。執筆中のストレス解消法などはありますか?
吉原 ストレスがたまる……という自覚はあんまりないですが、仕事をサボりたいという衝動にはよく駆られます(笑)。
――それは困りますね(笑)。
吉原 正しい解消法は、むろん屋外での運動だと思いますけど。……当面は、撮りためたケーブルTVの海外ドラマを観ることでしょうか。ハリウッド映画がどんどん幼稚になっていくのに対して、いまのアメリカのTVドラマはシナリオがよくできていて、たいへん勉強になります。B級映画の役者より、TVドラマのほうに演技力のある俳優・女優さんが多いようです。「この台詞はいい」「このプロットは使える」と、しょっちゅうメモをとりながら鑑賞しています。……これってストレス解消になってないかな?
――いえ、常に創作のことを考えているのはすごいと思います。さて、次号の『歴史群像』から新シリーズを始めていただきますが、作品に対する抱負をうかがえればと思います。
吉原 編集部の要望もあって、ブルース・マイルズの『出撃! 魔女飛行隊』(学研M文庫刊)を下敷きにした作品を描く方向で、ただいま資料を読み込んでいます。いままでの連載では野郎しか描けないとの私のぼやきに同情して、すこしは女性も描かせてやろうとの編集長の親心かもしれません。ありがとうございます(笑)。
――非常に楽しみです! それでは、読者のみなさんへ一言お願いします。
吉原 しばらくの間、たいしたメカも登場せず、そのくせネームばかり多い地味な作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。次回からはもうちょっと見栄えのするものを描いていきたいと考えております。毎号16ページの短い作品ではありますが、いささかでもみなさまに楽しんでいただければ嬉しいかぎりです。今後とも、よろしくお願いいたします!

(構成/編集部)

吉原昌宏 Yoshihara Masahiro
 岡山県出身。早稲田大学卒業後、株式会社川崎汽船(Kライン)に入社。同社を退職後、漫画家・弘兼憲史氏のアシスタントを経て独立する。
 主な作品に『吉原昌宏作品集1・迎撃空域』『(同)2・ニムロッド』『(同)3・ライカの帰還』『(同)4・ギャロッピング・グースZERO』(いずれも幻冬舎コミックス刊)がある。現在、『歴史群像』本誌での連載のほか、『ネイビーヤード』(大日本絵画)誌上にて「軍艦ユニフォーム雑記帳」を連載中。
 2011年10月中旬に大日本絵画より『ミリタリー雑具箱/吉原昌宏ミリタリー・イラスト作品集』が発売予定。著者自身の宣伝:「陸・海・空の有名無名兵器のメカ解説とイラスト多数のほか、美女5人組(!?)のお笑い短編コミックも入ってお買い得♪」
 本誌での連載をまとめたRGC(歴史群像コミックス)『エクリプス』は、2011年11月5日発売予定!