制作こぼれ話

因島水軍まつり体験記(歴史群像103号)

人は祭り祭られて生きるのさ

「俺がお前でお前が俺」な城、備後尾道城(嘘)。実は天守を模した博物館で、現在は閉鎖中とのこと。

竜盤目ディプロドクス科・ムラカミザウルス。なぜか日本の観光地にコンセプトなく生息する。

体験小早の受付。地元の中学生が対応してくれました。

小早舟の櫂。これがなかなか難しく、全くリズムに乗れませんでした。

 読者の皆様は「歴史祭り」というものに行かれたことはありますか?「歴史祭り」では甲冑など各時代の装束を着て市内をパレードする時代行列、実際に甲冑を着て「チャンバラ」する模擬合戦など華やかなイベントが行われます。地域の伝統的な祭りと比べるとその開催歴は長くないものの、地元の季節の風物詩としてすっかり定着しています。また近年は観客が参加できる「歴史祭り」も増えており、歴女ブームのせいか参加者も増えているようで「マイ甲冑」持参で祭りを渡り歩く「いくさ人」も珍しくないようです。ちなみに我が編集部のスタッフも山梨県笛吹市の『川中島合戦絵巻』に毎年参加しております。本誌101号よりリニューアルした「イベント暦表」が、皆様の「歴史祭り」巡りの参考になれば幸いです。
 さて、小生も夏休みを利用して、本誌102号で紹介した広島県尾道市因島の『第20回因島まつり』に行って来ました。このイベントは村上水軍をテーマに「島まつり」「火まつり」「海まつり」と三部構成になっているのが特徴ですが、今回参加したのは8月29日に開催された、小早(こはや)のレースと体験試乗が目玉の「海まつり」です。
 当日の午前10時半、広島県尾道駅へ到着。海賊の島・因島へのアクセスは、以前はフェリーのみでしたが、今は瀬戸内しまなみ海道の開通によりバスで行くことができます。今回最大の目的である「小早の体験試乗」は12時~13時のため、尾道観光はあきらめバスに乗車。大林宣彦ワールドを車窓に眺めながら20分程で島に到着しました。しかし、バス停から歩けど歩けど会場となるビーチは見当たらず。いやな予感が漂うも、行けば分かるさと、かまわず進むと脇の建物に「向島鉄工所」なる文字が……。そうです。降りる島を間違えたのです。実は小生、諸先輩方から「大そこつ者」なる称号を頂いておる次第でして、今回もやらかしてしまいました。仕方なく来た道を戻り、すべて太陽のせいとばかりにダラダラと汗をかきながら、再びバスを待つ羽目になったのでした。
 結局、会場には予定1時間遅れで到着。会場内はBGMに同島出身のバンド、ポルノグラフィティの曲が流され、すでにかなりの賑わい。小生のやって来る「ずっとずっと前にはもう♪」体験試乗は始まっておりましたが、なんとか申し込みに成功。「小早」とは当時の小型の舟のことで、軽快な機動力を活かして偵察や伝令などに使用されていました。本祭り用に復元されたものは櫂の漕ぎ手14名と舵取りの船頭1名、太鼓打ち1名の計16人乗りの仕様となっております。
 いざ出航と意気込むも、難しいのは櫂の操作。普通のボートと違うのは1本の櫂を両手で漕ぐ点ですが、まずこれを前後にスムーズに動かすのが大変。さらに、太鼓の音に合わせなければならないプレッシャーも加わり悪戦苦闘 (映画『ベン・ハー』の奴隷船をイメージして下さい)。結果、不器用な小生は全く役に立てず。もし古代地中海世界に生まれていたら、海に放り込まれて鮫の餌にされていたことでしょう。
 今回、実際に体験して気付いたのは、人力船とはいえかなりスピードが出るということ。これならば偵察・伝令任務をこなすのに非常に有効で、また焙烙を使った一撃離脱戦法があったという話にも納得できました。
 他力本願のボン・ヴォヤージュとなってしまいましたが、実際に水軍の機動力を体験できました。皆様も新しい発見を求めて、歴史の旅に赴いてみてはいかが?

大迫力の小早レース。さすが村上水軍の末裔、想像以上のハイスピードで洋上を駆けます。

(文=山猫の小平太)

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