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制作こぼれ話

雑想「くろがね四起」(歴史群像125号)

昭和レトロなボディに包まれた「堅実」と「斬新」の設計思想

前輪を横から見たところ。タイヤホイールの奥に緩衝用のコイルスプリング(巻きばね)がはっきり見える。

車体後部の状況。床のほとんどがびて崩れているために、梯子状のシャーシの一部が見える。写真の上のほうが車体後方で、四角い箱状のものが燃料タンク。両側の丸みのある膨らみ部分が後輪カバーである。

エンジンルームを車体左前方から見たところ。エンジンは横置きされたVツイン(V型二気筒)で空冷式。手前に四枚翅の空冷ファンを備えている。

折り畳み式の布製幌が取り付けられていたフレーム。現代的な表現では「カブリオレ」といった感じのオープントップ仕様である。将校にとってサイドカーでの移動に比べて遥かにスペシャリティ感が高かったことだろう。

前席は、トランスミッションと二駆・四駆の切替機構があるためやや窮屈。写真は左側の助手席とそのドアで、本車では失われているが、ドアを留めている上下の蝶番の間にドアの開き角を制限(ドアが開きすぎてボディと当たるのを防ぐため)する皮製のベルトが装着されていた。

 「くろがね四起」の通称で知られる九五式小型乗用車は、日本の軍用車開発におけるエポックの一つでした。発売中の『歴史群像』125号掲載の記事では、本車のレストアに取り組む株式会社カマドにて実車を直に取材させていただきました。今回は、改めて取材時の雑想を書いてみたいと思います。
 トラックや兵員輸送車など、欧米の同系車種と比べて評価が低めなものが多い日本軍用車ですが、このくろがね四起は先進性の面で評価の高い車種です。開発スタートは戦前の1934年で、当時、小型車両としては珍しい四輪駆動を採用。戦中・戦後を通じて四駆車両の代名詞になったアメリカのジープよりも約8年早い開発着手でした。
 株式会社カマドのガレージに置かれたくろがね四起は、海軍仕様らしく塗装は青基調ですが、それ以外は陸軍用と同等。初期生産型(初期型)です。タイヤのゴム製部分や座席・幌の貼り込み部材(皮革、帆布など)は失われ、一部は錆びて喪失(特に床部分)という状態ではあるものの、基本的な構造材やエンジン・トランスミッション、サスペンションに大きな損傷はなく、その構造的な特徴をうかがい知ることができました。
 ボディラインは曲線基調で、戦前の日本車に共通のトラディショナルなもの。ボンネットの前部はタイヤカバーの部分がエンジンカバーから独立しているデザインで、特にタイヤカバー部は曲面が美しい、工員による手加工仕上げ。ボンネツト後部もなだらかに下方に傾斜するデザインと、前線で使用する車両としてはかなりお洒落です。しかも幌は複雑なフレーム構造を持ち、折り畳み状態から一気に展開できる構造で、ジープのような支柱をいちいち手で立ててから幌を張る方式とは異なる凝った装備です。量産車というよりは「手造りの高級車」に近い感覚を受けます。
 このボディに組み込まれる四輪駆動の機構も、戦前の四駆技術黎明期の設計思想をよく表しています。四輪は現在主流の完全独立懸架ではなく、前輪はウィッシュボーン式(横置きのフレームで車軸を支持する方式。横置きフレームを2本使用して車軸を挟み込む「ダブルウィッシュボーン」は、四駆車の懸架方式としてのちに一時期主流になった)による独立懸架。後輪は固定シャフトをリーフスプリングで支える懸架方式となっており、通常は後輪駆動・前輪操舵(当時の乗用車の一般的な駆動・操舵方式)で使用し、不整地走行など必要な時には前輪にも動力伝達して四駆に切り替える方式でした。車体を下から覗き込むと、前後で緩衝機構(スプリング)や懸架部の構造がまったく異なっていることが分かります。経験のある旧来の懸架方式に1930年代の新しい懸架方式(ウィッシュボーン式は1920年代後半から30年代初頭にアメリカを中心に発展)を組み合わせるという、手堅さと四駆に必要な先進性をいいとこ取りした構造になっているという印象です。
 手堅いといえばエンジンも特徴的で、バイク用由来の狭角Vツイン・空冷エンジンを、これもバイク同様にパイプフレームで架装しています。当時としては量産しやすい形式のエンジンで、低速域のギアを常用する不整地走行ではトルクを安定して得やすいエンジンでしたが、サイドカーを更新する目的で開発された本車で採用されているというのが面白い。
 軍用乗用車ではありますが、2ドア3シートでショートホイールベース(前後ホイール間2メートルで、ジープとほぼ同じ)という仕様はスポーツ走行向きの車種に近く、現代的な表現でいえばロードスター(オープン・スポーツカー)に相当し、それなりに「でこぼこ道でも走りが楽しめる車」だったのかもしれません。もっとも、本車が装備したタイヤは、内地では通常の乗用車用タイヤだったようですが、外地用は鬼タイヤと呼ばれる不整地仕様のもので、出っ張り具合の大きなブロック状のトレッドパターンを持つ、あまりスピードを出した走行には向かないものだったようです。
 本車は連合国軍(主にアメリカ、イギリス、ソ連)に鹵獲され、使用されていますが、その評価は純日本製車種の中では高かったといわれます。取材したくろがね四起は、恐らく国内で使われたものであろうとのことでしたが、鬼タイヤを装備した本車が、青い目のドライバーたちによってどんな「走り」を見せたのか、そんなこともついつい妄想してしまう取材でした。

(文=熊右衛門尉/取材協力=NPO法人・防衛技術博物館を創る会
http://www1.ocn.ne.jp/~npo-dtm/