制作こぼれ話

付録ボードゲーム(2019)について(歴史群像156号)

 昨年の8月号(通巻150号)に続き、今年も8月号で付録ボードゲームの制作を担当させていただきました。戦史をテーマにしたボードゲーム(シミュレーション・ゲームまたはボード・ウォーゲーム)の系譜については、150号の「歴群こぼれ話」で紹介しましたので、興味のある方にはそちらを参考にしていただくとして、今回は付録ゲームの「第二段作戦」と「マレー沖海戦」について、ゲームデザインのプロセスや、それぞれのゲームで再現しようとしたこと、省略したことなどについて、少し説明させていただこうと思います。

「第二段作戦」のデザインで重視した要素


「第二段作戦」のマップを作る際に参考にしたもののひとつ、米「ナショナル・ジオグラフィック」誌の付録マップ。1942年に同誌の付録として出版された地図を、2001年に復刻したもの。

 2人用ゲームのテーマとなった日本海軍の「第二段作戦」については、本誌でも何度か記事で紹介されており、そこで交わされた作戦計画の激論について、ご存知の方も多いかと思います。このゲームは、そうした議論で検討された諸々のオプションを実行していたらどうなっていたかを、抽象化あるいは単純化した対戦ゲームの形で再現しようとするものです。
 まず、ゲームで扱う時期については、珊瑚海海戦が始まる前(5月上旬)から、史実でミッドウェー海戦が起きた少し後(6月中旬)までとしました。戦略的に攻勢をとる側の日本海軍が、6隻の主力空母を用いて「第二段作戦」を行い、戦略的には守勢であったアメリカ海軍が4隻の空母でそれに対処する、というのが、このゲームの基本的な構図ですが、兵力面で優位に立つ日本軍プレイヤーに「時間との戦い」という焦りを感じさせるには、ゲームの長さを短めに設定するのが適当であると考えられたからです。
 ゲーム全体の枠組みが決まったら、次はゲームシステムの考案作業です。
 一般的に、太平洋戦争の空母戦を扱うボードゲームでは、相手の艦隊がどこにいるかわからないという「情報の制限」を再現するシステムが、ルール上の重要なポイントとなります。中には、プレイヤーの間に「ついたて」を立てて、両プレイヤーがそれぞれ自分のマップ上で空母や護衛艦を秘かに移動させ、索敵機を飛ばして敵艦隊の所在を捜索する、という、情報面でのリアリズムを追求したゲームもあります。
 けれども、そのような「情報の制限」を再現するゲームは、対戦相手が見つからない場合に、一人でプレイすることができないという欠点を抱えています。そこで、今回の付録ゲームでは、練習などで一人でもプレイできる形にするために、少し違ったシステムを考案しました。それが、ゲームマップ上に配置される「未確認マーカー」と、その裏面の「CVマーカー」です。
 このシステムは、日本軍プレイヤーから見れば「敵空母がどこに出現するか」、アメリカ軍プレイヤーから見れば「自軍の空母をどこに何隻投入できるか」が定かではないという不確定要素を表すものです。ゲームマップ上のエリアを移動できるのは、戦略的な優位を保持する日本軍の空母のみで、アメリカ軍の空母は敵の行動を阻止したり、敵の空母に打撃を与えるために「海戦を受けて立つ」形でのみ、その存在を現します。
 そして、双方の空母が接触すれば、海戦が発生し、両軍の航空機による敵空母への攻撃が行われますが、その攻撃順序についても、カップを併用した「チット引き」のシステムを使うことで、不確定要素を多く含んでいます。これにより、史実の空母戦がそうであったように、同じ条件で海戦が発生しても、プレイのたびに展開は大きく変わるはずです。
 とりわけ「奇襲コマ」が引かれるタイミングは、海戦の結果を大きく左右するもので、場合によっては一撃で敵空母を轟沈という事態が起きることもあります。
 プレイに要する時間をできるだけ短くすることも、今回のデザインで留意したポイントでした。ちょっとした空き時間でもプレイでき、それでいて空母戦の解決ではプレイヤーが大いに盛り上がるようなシステムを考案しましたが、テストプレイではルールに慣れれば30分ほどで1回のプレイを終えられることを確認しました。
 プレイ時間の短縮を実現するため、今回は思いきって両軍の空母以外の艦艇はコマとして扱わず、ゲームシステムの上では省略することにしました。実際には、個々の空母コマは、艦名が記された空母一隻と、その護衛艦や支援艦を含むものと考えてください。
 史実の空母戦と同様、このゲームも展開が運に左右されることが多いですが、どちらが勝っても、立場を入れ替えて再戦すれば、より深くゲームを楽しんでいただけると思います。
 

「マレー沖海戦」におけるデザインの要点

 1人用ゲームの「マレー沖海戦」については、対戦型の「第二段作戦」とは違った観点から、ゲームシステムを考案する必要がありました。
 具体的には、偶然の要素とプレイヤーの決断という要素をバランスよく配合し、何度プレイしても新鮮な展開を味わえるようなルールに仕上げるのが、デザイン上の目標でした。それを実現するには、単に日本海軍の航空隊でイギリス海軍の戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』と巡洋戦艦『レパルス』を攻撃する局面だけでなく、その前段階として行われた、南遣艦隊による捜索活動もゲームに含める必要があるように思われました。
 こうした観点でゲームの構造を考えた結果、「南遣艦隊による捜索活動」と「基地航空戦力の出撃」、「航空機による敵艦への雷撃と爆撃」、「帰還と成果の判定」という4つのステージで1回のプレイを成立させるシステムが導き出されました。二番目と四番目のステージでは、実質的に運の要素が結果を左右しますが、その前の一番目と三番目のステージでは、運と共にプレイヤーの決断が重要な意味を持つので、最善の判断を下すことが求められます。
 後世から見れば、日本海軍の航空隊が『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を発見し、両艦を撃沈したという結果は「日本軍パイロットの技量を世界に示したもの」であったように映りますが、実際にはそれほど「簡単な任務」ではなく、むしろ当事者にとっては重責と緊張感を伴う挑戦でした。このゲームにおいても、プレイヤーは「時間との戦い」という要素を念頭に置かねばならず、悠長に時間を費やしていれば、仮に両艦の撃沈に成功しても、上層部の評価はさほど高いものにはならない可能性があります。
 その一方で、功を焦って不十分な情報しか得ないまま航空隊を出撃させてしまうと、敵艦の発見に手間取ったり、最悪の場合は味方の艦を敵艦と誤認して攻撃してしまう危険性が生じます。どの段階で出撃を命令すべきかというタイミングの「正解」は、プレイのたびに変化するので、その時々で最善と思うタイミングをプレイヤー自身が見極めなくてはなりません。
 爆弾や魚雷を搭載した飛行中隊のコマを用いて、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を攻撃するステージにおいても、近距離と遠距離、低高度と高高度のボックスにどのコマを配置するかという問題に決まった「正解」はなく、状況を見極めながら、プレイヤーが臨機応変に判断することを迫られます。無用なリスクを冒さず、かといって慎重になり過ぎず、着実に敵艦へ打撃を与えるような攻撃方法をとる必要があります。
 このゲームでも、プレイ時間を短縮するためにルールの簡略化や抽象化を最大限に行っており、慣れれば1回のプレイを15分程度で終わらせることができるでしょう。
 

「大人のホビー」としてのボードゲーム


今年6月に米国アリゾナ州テンピで開催されたゲームイベント「コンシムワールド・エキスポ2019」の会場で、「第二段作戦」をプレイするアメリカのベテランゲーマー。

 歴史ボードゲームは、戦史に対する興味を満たしつつ、知的競技の醍醐味を味わえる「大人のホビー」ですが、対戦で相手に勝つこと自体にこだわってしまうと、このホビーが持つそうした魅力や多様性を見失うことになります。
 忙しい社会人が、貴重な余暇を割いて気心の知れた友人と会い、会話を楽しみながらゲームをプレイするのは、実りある豊かな時間の過ごし方だと思います。マップ上の勝負では全力で知力を絞りつつ、心理的には余裕を持って相手に接する。そんな紳士的なプレイをしてこそ、真の「勝者」にふさわしい満足感を得ることができるでしょう。
 それでは、皆様のご武運をお祈りします!

(文/山崎雅弘)

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