編集後記

歴史の検証も現場百篇

 158号巻頭カラー企画、「検証  一木支隊壊滅の真相」では、ガダルカナル島における一木支隊の戦いを、筆者の関口高史氏の現地取材により同支隊の上陸からイル川河口での戦闘までを地形という視点から検証しています。
 これまでガダルカナル島の戦いは敵情や兵站、戦術の面から語られることが多く、一木支隊の戦いでイル川河口の植生や微妙な高低差のある地形が戦闘に影響を及ぼしていたということは「目から鱗」でした。また、テレビドラマの刑事の台詞にある「現場百篇」を思い出し、歴史となった現場には一次資料や当事者たちの証言からは得られない情報が残されているのだなと感じています。、
 158号の編集作業が終わり一息ついていた10月31日、首里城の正殿、北殿、南殿が火災により焼失しました。戦火により失われ、その後27年をかけて再建された建物と展示されていた貴重な資料が数時間で焼失したことは非常にショックな出来事であり、出火の原因究明と今後の再建が望まれるところです。
 そこで火災以前に戦後、火災で失われた主な歴史的建物を調べてリストアップしてみました。

1949年
1月26日 法隆寺金堂(奈良県生駒郡斑鳩町)、漏電火災で焼失
2月27日 松山城(愛媛県松山市)、筒井門、筒井門東続櫓、筒井門西続櫓が不審火で焼失
6月5日 松前城(北海道松前町)、町役場から出火、飛び火により天守閣を焼失

1950年
7月2日 金閣寺(京都市北区)、放火により焼失

1956年
10月11日 延暦寺(滋賀県大津市)、放火により大講堂と大講堂鐘台が焼失

1957年
7月6日 谷中五重塔(東京都台東区)、放火心中で焼失

1976年
1月6日 平安神宮(京都市左京区)、拝殿など9棟が放火により焼失

1990年
10月28日 乃木希典那須野旧宅(栃木県那須塩原市)、過激派?の放火で焼失

2007年
5月12日 旧モーガン邸(神奈川県藤沢市)、放火?で焼失

2008年 
1月2日 再建途中の旧モーガン邸が再び出火し焼失
3月22日 旧吉田茂邸(神奈川県大磯)、原因不明の火災で焼失

2009年
3月15日 旧住友家俣野別邸(神奈川県横浜市)、放火と思われる原因で焼失

 リストをみると出火の原因は失火より放火が多いことが分かります。このため、首里城の火災も発生当初に放火説がささやかれたのではないかと思われます。
 1949年の法隆寺金堂火災をきっかけに1950年8月29日、文化財保護法が施行され、1955年1月26日には文化財防火デーも制定されました。以後、消火設備など対策が進み国宝や重要文化財に指定された建物の焼失はありません。しかしリスト以外にも多くの歴史的建物が火災で失われています。
 この首里城の火災を教訓に、歴史や文化が生まれその現場となった建物を後世に残していくためには、建物を保護し保存する対策を見直す必要があるのではないでしょうか?

(by 毛沢山/歴史群像158号)

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