編集後記

境界を漂う楽しみ

「編集の仕事って、何が楽しいの?」と、たまに訊かれます。
 こういう時は、もっぱら「物を作るのは楽しいでしょ、雑誌作りも同じですよ」――などと嘯いているのですが、描き下ろしイラストのある企画の場合、実は“あること”が楽しかったりします。
 兵器が主題のイラストでは、戦闘シーンを切り取って兵器の活躍を描くことが多いのですが、あまり史実に沿いすぎてしまうと残念な結果になる場合もあります。たとえば空戦シーンでやたらと火線が目立てば主題の航空機が美しく見えませんし、激しい海戦シーンを描こうとして黒煙と水柱を描き込むと、迫力が出た一方で肝心の軍艦の姿が隠れ、題材が不明瞭になることがあります。日本本土防空戦の一コマを例にすると、B-29に降下攻撃をかける日本軍戦闘機は、当然ながら防御火網に捉えられますが、これを絵にすると画面が相当にごちゃつきます。作者さんにもよりますが、機体の描写が美しい方には、ここで「曳光弾と被弾箇所をリアルに描き込んでください」とは言いません。主題の航空機をとにかく強調したい場合、「リアルさ」よりも「創作物としての美しさ」に重きを置くことがあるわけです。
 その一方で、監修者から「大西洋の洋上とフィヨルドの奥では海中の状況や光の当たり方が違うので、色使いに注意してほしい」というような、細かな指摘がある場合もあり、説明しなければおそらく読者も気がつかないであろう部分に「リアル」を追求する場合もあります。
 一枚の絵から様々な想像を膨らませてもらうのか、そのものズバリの描写で歴史の一コマをリアルに切り取るのか。この「リアル」と「クリエイティブ」の境界線のどこを、イラストとして表現するのか。作者さんの作風、キー・ビジュアルとしての完成度、そして史実の一コマとしての説得力。監修していただく方がいる場合は、その意向も加味しつつ、いろいろな要素を頭の中でグルグルと巡らせて完成する絵柄を想像する、そんな時間が楽しいのです。

( by 熊右衛門尉/歴史群像119号)

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