制作こぼれ話

「付録ボードゲームについて」(歴史群像150号)

◆通巻150号に寄せて

テストプレイ段階の「モスクワ攻防戦」。経験あるプレイヤーがテストを重ね、問題点の洗い出しとルール修正、バランス調整などを行います。最終段階では、未経験者にもテストしてもらい、ルールの文章表現などを工夫します。

米国アリゾナ州テンピで毎年開かれているボード・ウォーゲームのコンベンション(大会)。こうしたイベントでは、新作ゲームの公開テストも行われます(写真は2017年の会場。以下の写真は、2017年と2018年の同会場で撮影)。

1943年のウクライナを舞台に、独ソ両軍の激闘を再現する「作戦級」カテゴリーのボード・ウォーゲーム。装甲効果や砲兵支援などの戦術的要素を採り入れた内容です。

大隊規模のユニット(部隊コマ)で、1944年のバルジの戦いを再現する巨大なゲーム。付録ゲーム「バルジの戦い」のドイツ軍ユニットは軍団規模ですが、それと比較すると、→師団→連隊→大隊と、部隊規模で三段階細かいレベルで部隊運用を行います。

太平洋戦争期の南太平洋での空母戦を再現するゲーム。これは艦隊編成までプレイヤーが行える精密なシステムですが、よりシンプルで簡単な海戦ゲームも内外で数多く出版されています。

米国のメーカーから出版された、米国人デザイナーによる日本史ゲーム「関ヶ原」。戦略レベルの大局観が問われる内容で、大胆な抽象化と簡略化がなされたゲームですが、カードを併用して解決する合戦では、結集した兵のすべてが戦いに参加できるとは限らず、史実のような番狂わせの展開もしばしば起こります。

こちらはナポレオン戦争の作戦級ゲーム。両軍のユニットは、当時の軍服をモチーフにしたカラフルなデザインで、ナポレオニックの雰囲気を醸し出しています。

 まずは、『歴史群像』通巻150号おめでとうございます!
 私が初めて寄稿したのは、1999年に出た第38号で、それ以来今号まで、一回だけお休みした以外の計112冊に、毎号(時には二本)記事を掲載していただきました。「戦史/紛争史研究家」としての私のキャリアは、20年近くにわたる『歴史群像』への寄稿と共に築かれたもので、歴代の編集長と編集者の方々に深く感謝いたします。
 また、今からちょうど6年前の2012年8月号は、創刊20周年記念号ということで、私のデザインした「ミッドウェー海戦(2人用)」と「日本海海戦(1人用)」の二つのボードゲームが付録として付きました。今回再び、通巻150号の記念号で付録ゲームのデザインとグラフィックを担当させていただき、大変うれしく思います。

◆戦史を再現するボードゲーム(卓上ゲーム)の歴史

 今回、付録として付いた「モスクワ攻防戦」と「バルジの戦い」は、ボードゲームの世界では「シミュレーション・ゲーム」や「ボード・ウォーゲーム」と呼ばれるカテゴリーに属しています。本誌の読者の中には、過去に同種のゲームをプレイした経験がおありだという方も少なくないのでは、と思いますが、そうでない方のために、このカテゴリーのボードゲームの歴史について、簡単にご説明します。
 軍の参謀組織で行われる専門的な「図上演習」や、戦いを題材にしてはいるものの極限まで抽象化された競技ゲームの将棋およびチェスとは異なる、戦史の再現(シミュレーション)と競技性の両方を兼ね備えた娯楽的なボード・ウォーゲームが初めて商品化されたのは、第二次世界大戦の終戦から9年後の1954年でした。
 チャールズ・S・ロバーツというアメリカ人がデザイン・販売した『タクティクス(Tactics)』がそれで、このゲームは架空の二つの近代国家による戦争が題材でしたが、彼は1958年には南北戦争の有名な決戦を再現する『ゲティズバーグ(Gettysburg)』をデザインして出版し、現在に繋がるボード・ウォーゲームの時代が幕を開けます。
 1960年代に入ると、ゲーム化される題材も増え、第二次大戦期の重要な戦いであったバルジの戦いやミッドウェー海戦をテーマにしたゲームも出版されます。戦史書を読みながら「俺が司令官ならこうする」と空想を巡らせる、アームチェア・ジェネラル(安楽椅子に座って将軍の気分に浸る人)の夢を、手軽な形で実現できるボード・ウォーゲームは、戦史に興味のある人々の心を捉えて、競技人口は増大していきました。
 1970年代から1980年代にかけて、米国では「アバロンヒル社」と「SPI(Simulations Publications Inc.)社」の二大メーカーが多種多様なボード・ウォーゲームを出版し、このホビーは商業面での黄金時代を迎えます。両社の製品が翻訳ルール付きで日本に輸入されたのもこの頃で、日本国内でもいくつかのメーカーがオリジナルやライセンス版の製品を販売、若者向けの雑誌でも紹介されるような「ブーム」が起きます。
 その後、コンピュータ・ゲームの発達やカードゲームの流行で、ボード・ウォーゲームは市場規模が縮小しましたが、現在でも本家のアメリカを中心に、日本や台湾、中国、フランス、スペインなどで、多くのメーカーが新しいゲームの制作と出版を行っています。

◆ボード・ウォーゲームで戦史を見る醍醐味

 私が初めてボード・ウォーゲーム(歴史シミュレーション・ゲーム)をプレイしたのは、今から37年前の1981年で、当時中学二年生でした。その後、自分でもオリジナルのゲームをデザインするようになり(題材はほとんど第二次大戦の独ソ戦)、1989年には日本で、1991年にはアメリカで、私の作った最初のゲームが商品化されました。過去にデザインしたゲームの総数は20個を超え、米国でゲームの賞を受賞したこともあります。
 戦史を題材にしたボード・ウォーゲームは、勝ち負けを競う対戦ゲームとしての面白さに加え、テーブルに広げた地図上で動かす部隊や戦いの背景に関する知識と盤上での展開を重ねることで、歴史上の戦いを俯瞰的に、多面的に見られるという魅力があります。
 娯楽性を追求する必要性から、ゲームのルールには抽象化や簡略化が施されており、戦闘の完全な「シミュレーション」と見なすことはできませんが、それでも自分が考えた作戦を試し、刻々と変化する盤上の戦況に対処し、人事を尽くして天命を待つ気分で勝利を目指してベストを尽くす知的遊戯の醍醐味は、なかなか他では得られないものです。
 また、戦史書を読んで感じる疑問がゲームのプレイによってある程度解消されたり、当時の指揮官が直面したジレンマ(葛藤などの心の揺らぎ)を感覚的に理解できたりします。あるゲームで両方の立場をプレイすれば、特定の戦いにおける両者の抱える事情、強みと弱み、目指す目標の違いなどについて、有益なヒントを得られることもあります。
 米国では、戦闘序列のリサーチや戦術・作戦のルール化へのアドバイスなどで、歴史家や戦史研究家、軍の関係者がゲーム制作に関与することも珍しくありません。最近では、米国CIA(中央情報局)でテロ対策の部署にいた人が、米国対イスラム過激派の地球規模での闘争を題材としたボードゲームをデザインしたりもしています。
 今回デザインした二つのゲームは、初めてこの種のボードゲームをプレイする方の負担を軽くするため、ルールを可能な限り簡略化しましたが、1941年のモスクワ攻防戦と1944年のバルジの戦いで勝敗を左右した要素は、ゲームシステムの中にすべて織り込んであります。何度かプレイして、ボード・ウォーゲームを魅力的だと感じられたなら、ぜひ内外のメーカーから出版されている、より本格的なゲームを試してみてください。

◆ルールの理解をより高めるために

 付録ゲームのルールブックの末尾には、システムの理解を助けるための実例と「ルールQ&A」を収録しました。しかしスペースの関係から、あらゆる疑問に答えるというわけにはいきませんでした。今回、このような形でスペースをいただけたので、追加のQ&Aをいくつか下記に記します。同様な疑問を抱かれた方は、参考にしてください。

【モスクワ攻防戦】
Q5:7.9項の最後にある「戦闘結果が『1/1』で、攻撃側が1損害を退却で適用した場合も、攻撃側のユニットは戦闘後前進できません」という文の意味がわかりにくいのだが。
A5:例えば、第8ターンのソ連軍第1戦闘フェイズで、ソ連軍ユニット2個がドイツ軍の軍団を攻撃、戦闘結果が「1/1」となり、ソ連軍ユニットがそれぞれ1ヘクス退却、ドイツ軍も損害値が既に8に達しているので1ヘクス退却した場合、防御側のヘクスが空になっても、退却した攻撃側のソ連軍ユニットは、そこに入ることができません。

Q6:どちらのユニットにも占められていない(ZOCも及んでいない)同じ鉄道線ヘクスを、ドイツ軍とソ連軍の双方が補給線設定のために使うことはできるか?
A6:はい、できます。
※実際には、この時期のモスクワ周辺で、鉄道線を使って補給物資を運んでいたのはソ連軍だけで、ドイツ軍は前線部隊への補給は主にトラックと馬車で行っていました。地図上に印刷された鉄道線には、描かれていない道路網も含まれていると解釈してください。

【バルジの戦い】
Q3:ある装甲軍団に適用された「燃料不足」の効果は、ドイツ軍第2突撃フェイズの終了時にマーカーを取り除かれた瞬間に失われるのか? 次のターンに持続しないのか?
A3:はい、そうです。燃料切れの効果は、1ターン単位で個別に発生し、適用されます。次のターンには、効果は持続しません。

Q4:バストーニュ守備隊の第101空挺師団ユニットが全滅したあと、増援ルートが遮断されていなければ、同ユニットは復活するか?
A4:いいえ、一度全滅したアメリカ軍ユニット(第101空挺師団ユニットも含む)は、二度とゲームには復帰しません。従って、第101空挺師団ユニットが全滅したら、ドイツ軍はこれ以降、増援ルートを遮断する必要がなくなります。
※史実では、第101空挺師団がバストーニュに到着したのは12月19日でしたが、ルール簡略化のため、ゲームでは最初からバストーニュに展開しています。

【両ゲーム】
Q1:「モスクワ攻防戦」と「バルジの戦い」では、ドイツ軍装甲軍団の兵科マークが微妙に違うようだが。
A1:ドイツ軍は1943年に兵科記号の一部を変更しており、ゲームではそれに合わせて兵科マークも変えてあります。


【発売後の反響など(2018年8月28日追記)】

さて、7月6日の『歴史群像』誌第150号発売から7週間が経ちましたが、かつてないほどの売れ行きを記録している模様です。ありがとうございます。

一方、付録ゲーム「モスクワ攻防戦」でゲーム終盤のソ連軍の押し返しが弱くて、なかなか勝敗判定ヘクスまでたどり着けないという意見もちらほら耳にします。そんな方はぜひこちらのブログ記事を参考にしてください。筆者は、今回ゲームのプレイテストを担当してくださった一人、古角博昭さんです。

歴史群像の『モスクワ攻防戦』を徹底解剖してみた
http://sunsetgames.cocolog-nifty.com/slg/2018/08/post-6215.html

ただ、ウォーゲームのテクニックをすぐに会得するのも難しいとは思いますので、当座の対処として、ソ連軍攻勢支援マーカーの効果を「右に1列」でなく「右に2列(または3列)」に変更してプレイすることも試してみてください。

この変更案だと、ドイツ軍が予期しない箇所で戦線が大きく動く可能性が生じますが、マーカー数が限られていますし、冬将軍の到来による攻防の転換がよりドラマチックに感じられるのでは、と思います。ドイツ軍もゲーム序盤からより一層、自軍の損害管理に注意を払わなくてはならなくなります。

ちなみに、デザイナー(私)のお薦めは「右に3列」シフトです。実はゲームのプレイテストを開始した最初の段階(3月4日作成のルール)では「凍結ターン中に行われるソ連軍の攻撃は、すべて戦力比を右に3列ずらして解決する」「凍結ターンに行われるソ連軍の攻撃に、攻勢支援マーカーが適用された場合、攻撃側の戦闘力に2を加算する」というルールになっていました。

また、一部ではある種の「裏ワザ的プレイ」として、第1ターンのドイツ軍は少数の装甲軍団だけが移動と攻撃を行い、残りのドイツ軍部隊は攻撃を行わず、ソ連軍に反撃されて損害を被ることを避けるために「西方向へ離れて逃げる」という手を使うという話もあるようです。ただ、これはモスクワ戦当時の状況と大きく異なるので、こうした方法を行えないようにしたい方は以下のルール追記を行ってください。

ルール6.4項の「第1親衛狙撃兵軍団(1Gd、ヘクス1210に配置)」と「のユニットだけが移動できます」の間に「と、その時点でドイツ軍のZOCにいないソ連軍」を挿入してください。つまり、ルール6.4項は「第1ターンのソ連軍移動フェイズでは、第1親衛狙撃兵軍団(1Gd、ヘクス1210に配置)と、その時点でドイツ軍のZOCにいないソ連軍のユニットだけが移動できます。それ以外のユニットは、第1ターンのソ連軍移動フェイズには移動できません」となります。

そもそも、第1ターンに前線のソ連軍ユニットが移動できないというルールは、主にドイツ軍の支配地域(ZOC)の拘束力を史実のモスクワ戦に近い形で高めるために用意したもので、独ソ戦に詳しい方ならその意味を容易に理解していただけるかと思います。なので、ドイツ軍が「反撃を恐れて後ろに下がる」なら、そんな拘束力は消滅するので、第1ターンのソ連軍移動フェイズ開始時にドイツ軍のZOCにいないユニットは、自由に移動を行えるようになるわけです。

今回、『歴史群像』第150号の付録として収録した二つのゲームは、戦史に深い関心を持つ同誌の読者の方々に、ボードゲームの対戦/プレイを楽しみつつ、題材となる戦史への興味をより深めてもらおうという意図で制作したもので、発売後の反響を見る限り、おおむね成功したと理解してもいいように思います。

そして、今までウォーゲームというカテゴリーを知らなかった人に、この趣味の面白さや醍醐味が伝わり、同好の士を増やすことに寄与できたのなら、プレイテスターを含む制作者一同として、これに勝る喜びはありません。ウォーゲームとは異なる一般ボードゲームの愛好家の皆さんからも、好意的な反響をいただけて嬉しく思います。このような機会は、望んでもなかなか得られない貴重なチャンスですが、皆さんが「モスクワ攻防戦」と「バルジの戦い」のプレイを長く楽しんで下さることを、制作者一同として願っています。


【正誤表】
なお、「バルジの戦い」のルールブックで誤字が一つ見つかりました。21ページのルール5.1「ターンの手順」で、「ドイツ軍第1戦闘フェイズ」とあるのは「ドイツ軍第1突撃フェイズ」の誤りです。お詫びして訂正します。

それから、「モスクワ攻防戦」について、ルールQ&Aを2つ追加しましたので、参考にしてください。

Q7:7.8項の「ソ連軍の場合、味方ユニットのいるへクスへも退却して入ることができません」とは、敵ZOCの場合だけなのか、それとも敵ZOC以外の場合も含めてなのか?
A7:これは、敵ZOC以外の場合も含めてです。ソ連軍は、敵ZOCに関わらず、味方ユニットのいるヘクスへは退却できません。

Q8:7.8項にあるように、ドイツ軍が「追加で1ヘクスの退却」を行った先にも、他のドイツ軍ユニットが存在する場合、さらに「追加で1ヘクスの退却」を行うのか? 言い換えれば、他のドイツ軍ユニットがいないヘクスまで、退却を続けるのか?
A8:いいえ、1回の退却で行えるのは「追加で1ヘクスの退却」のみです。1ヘクスの追加退却を行っても、他の味方ユニットがおらず、なおかつ敵ZOCでないヘクスに入れなければ、そのユニットは全滅したものと見なされて除去されます。

(文/山崎雅弘)

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