制作こぼれ話

築城せよ!! 「城ラマ」 長篠城製作記(歴史群像124号)

はじめに
 読者の皆様のなかには、「お城ジオラマ復元堂」さんの「城ラマ 三河長篠城」キットを購入された方や、同社の公式フェイスブックで拙者の作品をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。これは、昨年末に同社の二宮社長が編集部にお越しになった際に提供していただいたキットを製作したものです。
 製作にあたって、二宮社長に「ディテールアップだけでなく改造してもいいですか?」と聞いたところ、「ご自由にどうぞ」とご快諾。ええっ本当に良いのですか?
 二宮社長のお考えは、中世城郭は建物も含め、失われた遺構など不明な点が多いため、それぞれのプランによる復元があって然るべきだ、ということだそうです。
 拙者も、歴史の復元にはNGはあっても正解はない(歴史研究は「間違いを積み重ねて、事実にどれだけ近づけるか」)と考えているため、本当に嬉しいお言葉でした。

製作プラン
 改造もするので、まずは製作プランを立てます。
 想定する時期は籠城戦の期間ではなく、籠城戦直前ともいえる天正3年(1575)の晩春から初夏にかけてとしました。
 このため、北側の武田軍攻城陣地を潰し、また城内の建物を少なくしました。
 戦国時代の城の多くは、当時の武家社会の構造や、軍事力構成、さらには排泄物の処理といった衛生面から、籠城戦時以外はほとんど人が住んでなかったと拙者は考えています。で、籠城戦になると、例えば相模の津久井城や肥後の田中城のように、城内には仮設の小屋が林立することが発掘調査で判明しています。
 長篠城の場合は、天正元年秋から徳川氏によって大規模な修築工事が行われており、その段階で約500人規模の軍勢が入っていたはずですが、このうちかなりの数が付近から徴集した兵卒で構成されていたことでしょう。また衛生面を考えると、城に常時住んでいたのは、城将の奥平貞昌(信昌)と松平景忠以下、その馬廻衆を主体に200人程度だろうと推定しました。これが建物を少なくした根拠です。
 次に改造した部分ですが、弾正郭西側と大土塁虎口で、ここは潰して土塁としています。これは長篠城の防御要領が、鉄炮の火力を主体とした徹底した持久戦闘であると考えたからです。最後は、主郭に屋敷を設けること。この城が当初、菅沼氏の根拠だったことからの推定です。で、籠城時にこの屋敷に入っていたのは、徳川家中で奥平氏よりも席次の高い松平景忠だったでしょう。

製作1(改造の方法とベースの製作)

ベースの改造中。赤でマーキングしている箇所が改造する場所。柱状に見えるのがホゾ穴を埋める伸ばしランナーで、灰色部分がエポキシ・パテを盛った部分。

とりあえずベース完成。この段階では樹木の色味が周辺と馴染んでいません。

 まずは改造の方法です。武田軍の攻城陣地を潰す際には、目の粗いヤスリで、概略平らにしたあと、エポキシ・パテを使用して周辺の地形となじませました。また虎口を埋めるのもエポキシ・パテを使用しています。これは、地形ベースの素材がABS樹脂のためで、有機溶剤が大量に含まれるプラモデル用パテでは、樹脂を侵食してしまうためです。
 そしてパテが乾いたら、塀を立てるスリットを、キットのスリットをガイドにして模型用精密ノコギリとカッターで刻み込んでいきます。
 あと虎口前の土橋は、模型用精密ノコギリで切れ目をいれたのちにニッパーで切り取り、プラ板で裏打ちし、少量のパテで堀底と面一になるように仕上げています。
 また、設置する予定のない建物や塀のホゾ穴などは、火で炙って伸ばしたランナー(伸ばしランナー)とプラ板で埋め、ヤスリで平にならします。
 さて、ここからがベース作りの本番。
 拙者は、作品全体を発色が良く彩度の高い色味にしたかったので(なにしろ季節設定が初夏だし、土の城で色味が地味なので)、模型用塗料よりも発色の良いアクリル絵の具のリキテックスを使用したいと考えました。またリキテックッスの下地剤であるジェッソを使用すれば、そのまま地面のマチエール(質感)が再現できます。ただし、リキテックスは水性塗料なので、このままでは塗れません。そこでちょっとした冒険だったのですが、まず有機溶剤が入った模型用下地塗り剤(クレオスのMr.サフェーサー)を塗布。キットのABS樹脂の厚さから、一度塗りなら大丈夫だろうという判断ですが、タミヤ製の「情景テクスチャーペイント」を使用することをお勧めします。
 で、次に地面を作るために、ジェッソを塗布。このときは塗るのではなく置くような感じで塗装。さらに生乾き状態のときに、歯ブラシで叩くようにすると地面の質感が出せます。
 また川と池、そして崖の下地ですが、リキテックスのパテであるモデリングペーストを使用し、川は流れの方向に細かい筋、崖は上下に大まかな筋が入るように、爪楊枝や割り箸の先を削ったヘラで塗っていきます。崖は、モデリングペーストが乾いた段階で、デザインナイフ等を駆使して細かく岩の表現を行います。あと、碁石川にある池は、彫刻刀で水面のようなモールドを施しました。
 ここから地面を塗ります。明るい色でベタ塗りしたあと、暗い色を何色か作り、薄く溶いて染み込ませるように塗り、乾いたら今度はドライブラシ(筆についた塗料をいったんふき取り、乾きかけたところで塗料の残りを対象物に擦り付けるように塗る技法。対象物のエッジや凸面にかすかに塗料が付きディテールが浮き上がる)で、全体の色調を整えていきます。
 ちなみにパステルを粉状にして擦り付けるとようにすると、自然なグラデーションを表現できます。
 塗装が乾いたら、必要とするところに木工用接着剤を塗布して、鉄道模型用の情景パウダーや、小さな岩替わりのバラスト(線路の下に敷く砕石)を撒き、樹木様のスポンジ等を植えていきます。このときの注意点は、鉄炮の制圧範囲(100m程度)には射界を邪魔する木を生やさないこと。城内の木も、なるべく敵に対して目隠しになるように植えるようにしました。
 次に水の表現です。まず青系、緑系の色を何色か作り、水面に塗っていきます。ここは言葉では説明できない部分なので、実際に川などをよく観察してください。というより、長篠城に行きましょう。気に入った色に塗れたら、リキテックスの艶出し剤であるジェルメディウムを塗ります。この艶出し剤は、一度に厚塗りすると白濁するのですが、拙作ではこれを逆手にとり、寒狭川と大野川の激流を表現しました。一方、池は、乾いたら塗る、乾いたら塗っての繰り返しで透明感を出します。
 こうしてベースはおおむね完成。
建物のディテールアップと仕上げ

建物をパーツ底面のピンを洗濯バサミで挟んで塗装する。その小ささには驚きだ。左奥にあるのが、ディテール・アップ用に使用したワイヤーブラシと毛書き針。


長篠城製作終了。

 「城ラマ」で、もっとも技術的にすごいのが建物と柵、そして塀です。これはもう、金型技術の限界!! どのように評価しても評価しきれない精密さです。設計精度の高さはもちろん、職人さんの腕に脱帽です。
 建物パーツは普通にタミヤ・アクリル塗料で塗装しますが、ディテールが潰れないよう塗料の粘度には十分注意してください。薄く溶いた塗料を使用して、細部に塗料が残る「墨入れ」または「ウォッシング」という技法が適切かと考えます。がしかし、拙者は、この素晴らしいパーツも加工しちゃいました。
 というのは、金型の関係でどうしてもモールドが施せない部分があるからです。一番目立つのが屋根。中世城郭は板葺きと茅葺・草葺の建物が混在します。これをディテールアップで再現。板葺きは毛書き針で板に見えるように線を入れ、茅葺葺き屋根は接着剤を塗ってプラスチックが柔らかくなったところで、ワイヤーブラシと毛書き針を使用して茅葺きを再現しました。
 さて拙作では、屋敷を再現しているのですが、このため「倉庫1パーツ」に0.3mmと0.5mmプラ板を使用して煙出しを付け、台所家屋としています。また「居住家屋1パーツ」を半分に切って中門廊を再現しました。
 こうして、建物と塀や柵を所定の位置にはめ込むと、ほぼ完成です。
 拙者は、ここで半日ほどおいて、完成の興奮が冷めたころ作品を見直します。そこで、塗装が浮いているところ、塗り残し、接着剤のはみ出し等を点検して修正します。木々の緑が若干浮いた感じがしたので、暗い緑のパステルの粉をかけて、それを定着液スプレーでとめ、またグレー系の塗料で岩肌をもう少し目立つようにレタッチしました。
 以上で、長篠城築城大作戦は終了。
 そういえば、最後にジオラマを作ったのはたしか7年ほど前。そんなわけで多々拙いところはありましょうが、これこそ拙者の長篠城。みなさんも是非、「城ラマ」を作って一城の主になってみませんか?

(文=樋口左衛門尉)

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