編集後記

ハクソー・リッジの、下から見るか、上から見るか

 144号の特集『作戦分析・沖縄戦』と『戦国の城 浦添グスク』、いかがだったでしょうか。お気づきの通り、映画『ハクソー・リッジ』にかこつけた企画です。こういう連動ができるのが歴群の売りではありますが、『浦添グスク』を担当していて思ったことがひとつ。映画の舞台となったハクソー・リッジという名称は当然ながら米軍側の呼称で日本側の呼称は前田高地なわけですが、そもそもそれも日本軍が作戦上付けたものにすぎません。
 ところが、世間の様々な反応を見ても、ハクソー・リッジ(前田高地)が、かつて琉球の中心だったことに触れているものがほとんどないわけです。かつて戦前は海からもグスクの石積みが視認できたそうで日米の凄惨な死闘が「浦添グスクの戦い」であったことが本当に知られていない。
 沖縄戦でアメリカ軍は読谷海岸に上陸しましたが、奇しくも島津軍主力が上陸したのも読谷海岸の比謝川河口の辺り。尚寧王は首里を包囲され戦争に勝利する可能性が無くなった時点で降伏しましたが、一方、第三十二軍は南部で抗戦を続けた結果、甚大な犠牲を出しました。日米からの視点ではなく、琉球・沖縄史に位置付ける視点で沖縄戦を捉えることも必要なのかもしれませんね。

 (by マッドコヘイタ・怒りのグスクロード/歴史群像144号)

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