【第18回】『遥かなる戦場』(1968・イギリス)
作品名:遥かなる戦場 スタジオ・クラシック・シリーズ
DVD発売元: 20世紀フォックス ホームエンターテイメント
価 格:¥2,848(税込¥2,990)
DVD発売中
クリミア戦争のバラクラヴァにおける「イギリス軽騎兵旅団の突撃(1854年)」といえば、拙劣な指揮でロシア軍砲兵陣地を正面から攻撃し、莫大な犠牲を出したことで知られる。今回の作品はこの突撃をクライマックスに、当時の貴族出身の高級将校の腐敗と無能をシニカルに描く、華麗な絵巻物になりがちな戦争史劇としてはかなりの異色作。
インドから帰還して本国の第11軽騎兵連隊に着任したノーラン大尉。しかし連隊長カーディガン子爵は横暴極まりない性格で、権力をかさに威張り散らし、連隊の隅々まで自分のスタイルを強要する。知性的な職業軍人であるノーランは、能率的でプロ意識のある連隊への改革を主張するが、カーディガンはそんな彼を植民地帰りと侮辱し、両者はことごとく対立する……。貧しく無学な民衆が甘言で釣られ、丸裸で水をぶっかけられて洗われる兵卒の徴募シーン、士官で間での新人いびり、いまだ残る鞭打ちの罰則など、当時の軍隊の実像も描かれていく。
そしてクリミア戦争勃発。ワーデルロー生き残りのいささかくたびれた老将軍ラグラン卿に率いられた英軍は、酷暑・疫病に苦しみながらセヴァストポリ目指して進軍する。しかしカーディガンは戦争そっちのけで、不仲な騎兵総司令官ルーカンとテントの並べ方1つでいがみ合い、互いに何度も張り替えさせては兵を苦しめたり、主計官の女房に手を出してよろしくやる始末。こうした「育ちの良い馬鹿者たち」に指揮された英国軍は、最後の破滅へと向かってゆく……。
徹底したアンチ・ヒロイズム。傲慢不遜な猪武者のカーディガン、頑迷な権威主義者ルーカン、ナポレオン戦争のトラウマで、同盟国のフランス軍を敵と勘違いしたりする総司令官グラン……。彼らを批判するノーラン自身も、無二の親友の新妻と不倫関係に陥り、最後の突撃では功名心に逸るあまり、重大な命令伝達ミスを犯して、友軍を死の淵へ導く手助けをしてしまう。
将官たちのキャラクターは、かなり誇張され戯画化されてもいるが、そうした表現で作品全体が漫画的になるのを防いでいるのが、時代考証の行き届いたリアリティある描写。考証家ジョン・モローの手になる、色彩豊かな当時の軍装はかなり正確で、マニアの間で話題になった。また、行軍中バタバタとこれらに倒れる兵士の苦悶や、軍隊と行動を共にする、将校の妻も含めた女性たちの存在、この頃から本格的に登場した民間人の従軍記者(大苦戦の最中に本国の新聞が『セヴァストポリ陥落』と大誤報をかまし、砲火に晒される前線の記者が「新聞なんか信じる奴はバカ!」と叫ぶのが笑える)など、織り込まれた史実も興味深い。
鬱な展開ながら、トルコ・ロケで現地陸軍の協力を得た戦闘場面は壮観だ。英仏軍が初めてロシア軍と激突したアルマの戦いを再現しているのも貴重。バラクラヴァの突撃では、高所から騎兵の隊列の動きを俯瞰するシーンが素晴らしく、日頃見慣れた無味乾燥な戦闘図が、現実にはこんな風に見えるのかと改めて感動する。
すべてが終わって、血と硝煙にまみれ、ボロボロになって引き返してくる騎兵たちを前に、ラグラン、カーディガン、ルーカンらが罵り合い、大損害の責任をなすり付け合う……というのがラストシーン。
オープニングのタイトルバックを始め数か所に、時代背景を説明する19世紀のカリカチュア風アニメが挿入され、大変効果を上げていることにも注目したい。
(文=竹野内レギオ)
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【第17回】『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』
(2002・日本)
作品名:映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦
発売元:シンエイ動画
販売元:バンダイビジュアル
価 格: ¥3,990円(税込)
DVD発売中
今回は、アニメであります。それも『クレヨンしんちゃん』シリーズ。あいや、潟許にすまいぞ、最後まで読み候え。
実は、この作品、まだ未見の編集長(当時)から一旦はダメ出しを喰らったのだけれど、どうしてもこのコーナーで取り上げたかったのだ。なぜかと言えば、あの『七人の侍』に優るとも劣らないリアリズムとリリシズムに溢れた作品だからなのである。
「クレしん」映画は、「モーレツ”嵐を呼ぶ”オトナ帝国の逆襲」から評価がとみに高くなり、本作も公開時に映画評でしばしば取り上げられているので、読者諸兄で、その評価を知っている方も多いだろう(映像表現としてはタイムスリップの描写が出色)。ここでは、『歴史群像』的な見所を紹介する。
まず、合戦シーン。これは凄い。
石投げから始まって、発射速度の遅さをカバーする「防ぎ矢」を間に入れた鉄炮戦。ついで長柄の叩き合い。当然、鉄炮衆と弓衆は、竹束の陰から射撃する。
攻城戦のシーンでは、焙烙火矢や井楼も出てくる。鉄炮の射距離の描写もあり、必中射程に引き寄せるまでの恐怖感や、戦闘指揮官と射撃指揮官の役割分担など、なるほどこれが「射撃軍紀」というものかと、感心してしまった。
最後の出撃のシーンでは、押し太鼓の使い方が実感できたし、突撃発起の瞬間に走りながら鉄炮を腰ダメで撃つというナイスな描写もある。ちなみにメインキャラクターである井尻又兵衛(おまたのオジサン)と一騎打ちする敵の侍大将の鑓は、最後までちゃんと鑓持ちが持っているし、織田信長ばりの敵将を守る「馬廻衆」は赤備でイケメン揃い。
むろん、凄いのはこれだけではない。最近の映画やドラマには珍しく、「時代」をキッチリ描いているのだ。
井尻又兵衛は直臣で出頭人の侍大将だから、死を賭した夜襲を敢行しなければならないし、お姫様に想いをよせても、それは密かなものであり、絶対に成就することはない。お姫様の方は、口を開けて笑うことや、二の腕を出すことを、はしたないと老女にとがめられる。だから、又兵衛の身を案じて裸足で走りだすところで感動するのだ。
昨今は、大河ドラマでさえ、お姫様は、せいぜいが「越前屋のお嬢様」程度だから、これは貴重。オレはお姫様は、『隠し砦の三悪人』(当然、オリジナルの方だ!)の雪姫と、この廉姫しか認めねぇぞ。
そして戦国時代側のメインの登場人物達は皆、家族をなんらかの形で非業に喪っているし、合戦になれば、城下の宿は焼かれ、田畑は荒らされる。そこには宮崎駿が『もののけ姫』でついぞ描ききれなかった「生きろ」というメッセージや、藤木久志氏や峰岸純夫氏(※)の著作に通じるものがある。
いや最後は重くなってしまったが、これが、痛快なエンターテイメントになっているのだからおそれいる。
ところでこの映画、野呂邦暢の『落城記』がネタじゃないのかと思うのだが、その辺どうなのよ原ちゃん。ともあれ「クレしん」だからといって見ないと、それはちょっと損だぜ。内容は樋口次郎太郎源隆晴が本名にかけて保証する。
「金打!」
*藤木久志氏と峰岸純夫氏=中世史家。その著作で戦国時代のイメージを一新した。
『雑兵たちの戦場』(藤木)と『中世災害・戦乱の社会史』(峰岸)は戦国ファン必読。
(文=樋口次郎太郎隆晴)
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