
【第12回】『戦艦ポチョムキン』(1925年・ソ連)
作品名:戦艦ポチョムキン
発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー
価 格:¥3,675(税込) 好評発売中
国内で革命が起こり始めていたロシア。黒海艦隊所属の戦艦ポチョムキンでは、差別的待遇が原因で水兵と士官との間で険悪さが増していた。そして食事に出される肉にウジが湧いていたことに怒った水兵が蜂起し艦を占領。革命と繋がっていく……。
戦艦ポチョムキンの水兵反乱は1905年のロシア第一革命時に実際に起こった事件で、やがてオデッサで行われていた労働者のストライキと呼応した。歴史的にはロシアの革命運動において、初めての軍隊の革命行動として位置づけられている。しかし孤立したポチョムキンは寄港地を求めて黒海を航行し、物資が尽きたことでルーマニアの港で降伏、乗組員は死刑および厳罰となった。ポチョムキンの反乱に代表される革命運動は、さらに1917年のロシア社会主義革命へと繋がっていくのである。
こうした背景を見てもわかるように、本作は「戦争映画」ではなく「史劇」、もっと正確に言えば、視点が水兵たちとオデッサ市民に限定された「群衆史劇」と言える。また1925年のソ連製のため、「革命万歳」的視点が強く打ち出されている。砲撃戦などの戦闘描写はほとんど無し。「迫りくるロシア分遣艦隊と戦闘か?」という息詰まるクライマックスも、土壇場で分遣艦隊がポチョムキンの蜂起に加わり、海戦とはならない。
だが、「戦争映画」という狭い範囲ではなく、「映画」という広い視点でみると、本作は非常にエネルギッシュだ。水兵の蜂起シーン、市民に向けて政府軍が銃撃し、群衆が逃げまどうシーンは「階段を落ちる乳母車」などの表現で映画評論でもよく採り上げられ、幾多の映画がパロディ等に使っている(米映画『アンタッチャブル』等)。
この、サイレントであるにもかかわらずアクション性と緊迫感が高いのは、全く異なる場面を繋いで構成する「モンタージュ理論」によっている。映画に詳しい人にとっては釈迦に説法だが、これは例えばゆっくりと階段を転がり落ちる乳母車、近づく政府軍の足もと、叫ぶ女性の顔のアップ、逃げまどう群衆と、同時並行的に起こっているが全く関係のない場面を繋げて、緊迫感などを表現する手法である。映画『マトリックス』をはじめ、多くの映画が当然のように使い、我々を楽しませてくれているこの手法は、83年前の映画『戦艦ポチョムキン』によって確立されたもので、それ以前には無かったのである。
同様に、各々の動的シーンの間には、水兵の不満が高まっていくシーン、士官に射殺された水兵の死体を見舞い、怒りが徐々に高まっていくオデッサ市民のシーンといった「静的」描写が挟み込まれ、映画全体を引き締めている。つまり各々のシーンから、その各シーンを繋いだ全体まで、『戦艦ポチョムキン』はモンタージュ理論に代表される構成手法を駆使した「高度な構成力の映画」なのだ。本作は「戦争映画」とか「国策映画」といった括りでなく、「本当に構成力がある映画とは何か?」という視点で楽しむ映画なのである。
ちなみに、最後のロシア分遣艦隊との遭遇シーンは、本当は砲撃戦になる予定だったが、ミスのためリハーサルで艦艇が全弾撃ち尽くしてしまい、急遽シナリオを書き直したという。もし予備砲弾を用意して撮影に臨んでいたら……。そんな異なった結末の『戦艦ポチョムキン』も観てみたい気がするのだが。
(文=バイオ大森)
TOP BACK
【第11回】『ズール戦争』 (1964・アメリカ)
作品名:ズール戦争 スペシャル・コレクターズ・エディション
DVD発売元:パラマウント ジャパン
価 格:¥1,500(税込) ハッピー・ザ・ベスト 好評発売中
硝煙たなびく戦場に散乱する赤い軍服の英国兵の戦死者。槍を構えた褐色の肌の戦士が歩み寄り、放り出されたライフル銃を拾い上げ、自らの楯とともに高々と掲げると……、アフリカの大地に浮かび上がる炎のタイトル文字「ZULU」。『ズール戦争』冒頭のシーンである。
19世紀後半、南アフリカに進出した英国は、オランダ系の植民地トランスバール共和国を併合、さらなる領土拡大をめざし、隣接するナタールに勢力を持つ先住民・ズール族の土地へと侵攻する。しかしズール族は服従を拒否、勇猛な戦士集団による徹底抗戦を決意する。1879年1月22日、イサンドゥルワナで不意を衝かれた英軍は1200名以上の死者を出し、映画冒頭に描かれたような歴史的大敗を喫する。映画はこの戦闘の直後に発生した、ロークス・ドリフトの伝道所に作られた駐屯地に立て籠もる英国兵100名余と、これを攻撃するズール族4000名の壮絶な戦いを描いている。
死守命令を忠実に実行せんとする英軍指揮官チャード中尉と、これに反発しながらも協力する貴族然としたブロムヘッド中尉。常に冷静で頼りがいのあるボーン曹長、反抗的で仮病の名人のフック……。彼らの守る駐屯地は複数の家屋を防壁で結び土嚢で強化した応急の陣地で、ライフル銃で武装し豊富な銃弾をもっているが、多くの傷病兵もかかえている。対するズール族は圧倒的な人数ながら、半裸の姿で、主な武器は短い槍と牛革の楯である。そして映画中盤からラストまで、息もつかせぬ両者の激闘が画面に展開する。現地南ア・ロケによる壮大な自然を背景に、英国俳優や南アの白人兵、実際のズール族のエキストラが繰り広げる戦闘場面は、スタントや特殊効果こそほとんど使われていないが、相当な迫力だ。
マルティニー・ヘンリーライフル(半数は実銃が使われた)の斉射を容赦なく浴びせかける英国兵。しかし倒れても倒れても、なお突進するズール戦士は防壁を乗り越え、楯で英国兵をなぎ倒し槍を突き立てる。彼らは決して烏合の衆ではなく、陽動で一翼に英軍を引きつけ、その隙に他の翼を攻めるなど、指揮官の命令のもと組織的に行動する。陣内へ突入したズール族を英軍は精鋭を集めた小隊で迎え撃ち、二段構えの銃列で撃退する。ズール族は藁葺きの屋根を破って侵入、屋内でも凄惨な白兵戦が展開される。英軍は日没まで何とか駐屯地を守り抜くが、死傷者は増え、疲労困憊。次第に絶望的な状況に追い込まれていく。夜間もなお散発的な襲撃で攻め立てるズール族。そして翌朝、総攻撃を前に朗々たる歌声を響かせ、槍で楯を叩いて威嚇するズール戦士たち(怖い!)。ウェールズ民謡「メン・オブ・ハーレック」を歌ってこれに応酬する英国兵。最後の瞬間は目前に迫る……。
制作年度を考えれば驚くほど双方を平等に描いており、かつての西部劇のような先住民蔑視の表現もない。どちらにもスーパー・ヒーローは登場せず、震える手で銃弾を装填し、恐怖からくる渇きに苦しむ英国兵がいれば、銃剣に直面してひるむ若いズール戦士も登場する。そして勝者の栄光や歓喜もまったく描かれない。制作者の意図は、19世紀の視点を離れ、戦争は胸糞悪い殺し合いに過ぎないこと、そして肌の色に関係なく、敵も味方も同じ勇気や恐れの感情を持つ人間同士だということを描くことであろう。しかもそれをアパルトヘイト真っ只中の南アで、数多くの制約の中、撮影したことに意義がある(南ア政府の秘密警察がロケを監視、ズール族を英雄視したり、白人が彼らと個人的に親しくすることを禁じたという)。こうした姿勢が、今だ根強いファンをもつ理由かも知れない。
007でお馴染みのジョン・バリーによる音楽も忘れがたい名曲だ。
(文=竹之内レギオ)
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回
第10回 第11回 第12回 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回
第19回 第20回 第21回 第22回 第23回 第24回 第25回 第26回