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西洋建築西洋建築見聞録

 近代日本の基礎を築いた西洋建築は歴史的な価値があり、その多くの建物が国重要文化財として登録されています。近年、これらの建築物は老朽化によって数多くが取り壊されてしまいました。今、改めて建物の歴史的背景や文化財としての価値などを見直すきっかけとして、現存する西洋建築物をご紹介します。

 まずは日本に西洋技術が伝わった歴史をご紹介します。
 時は日本が鎖国(といっても国をまったく閉じていたわけではないですが)をしていた時期にさかのぼります。長崎・出島の開港は許可されていましたが、外国人の市街への外出は認められていませんでした。安政元年(1854)に日米和親条約で下田、箱館が開港し、日英和親条約でイギリスに長崎と箱館、和親条約で締結したオランダとロシアも開港されましたが、外国人の居住はまだ認められていません。
 安政5年、ついにアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダと修好通商条約を締結し、居住と貿易を許可しました。外国人居留地には西洋風の街並や商館、教会やホテル・洋館などが建てられるようになりました。やがて居留地の建築に刺激を受けた大工の棟梁が基本構造は和風建築の技術で、洋風の要素を取り入れた建物が建てられ、このような建物を「擬洋風」と呼ばれました。
 本格的な西洋の建築技術は、明治10年(1877)に来日したイギリス人建築家・ジョサイア・コンドルが工部大学造家学科(現・東京大学工学部建築学科)で初めて日本人に教授をしました。明治19年(1886)にコンドルの教え子である辰野金吾が帝国大学工科大学の教授として、日本人の建築教育が始まりました。
 度重なる大地震でレンガ造の建物には壊滅的な打撃を与えましたが、新たに西洋から伝わった鉄骨と鉄筋コンクリート構造の技術の耐震性は証明されましたが、被害を受けたものを数多くあったという。その経験を踏まえて日本独自の鉄骨と鉄筋コンクリ―ト構造が確立され、発展していき、その多くの建物が遺されています。