西洋建築3-旧前田家本邸

洋館 
竣工:昭和4年(1929)
設計:塚本靖・高橋貞太郎
所在地:目黒区立駒場公園内
構造/鉄筋コンクリート造、2階建、地下1階
保存区分:国の重要文化財

駒場野の大邸宅

  東京都目黒区駒場の閑静な住宅街の中に、ひときわ豊かな緑に囲まれた目黒区立の「駒場公園」があります。この公園内に、戦国大名・前田利家を始祖とする旧加賀藩主前田家の第16代当主である前田利為(まえだとしなり)侯爵の旧本邸があります。
 洋館と渡り廊下で結ばれた和館から成り、洋館が一般公開されているほか、和館1階は休憩所になっています(2015年6月の取材時工事中)。邸宅の周囲には松や欅などが生い茂り、芝生が植えられた庭など緑に囲まれた自然豊かな環境にあり、現在の敷地は当時よりも小さくなっていますが、自然の豊かさはまさに都会のオアシスといった感じです。
 なお洋館ほかの建築物は2013年に「旧前田家本邸」の名で国の重要文化財に指定されています。

 前田利為は、分家である七日市藩前田家に生まれましたが、本家の第15代当主・前田利嗣(まえだとしつぐ)に請われてその養子となり、明治33年(1900)6月に本家第16代目の当主となりました。明治44年(1911)年に陸軍大学を卒業後は、近衛歩兵連隊長や第8師団長などを歴任。しかし太平洋戦争中の昭和17年(1942)に搭乗機が遭難。死後、正二位に叙任され、陸軍大将となりました。
 陸大の同期で、のちに首相となった東條英機と犬猿の仲であったことで知られ、彼の国家指導者としての能力に疑問を呈したうえで、亡国の可能性を危惧したといわれています。
 前田利為が駒場の地に邸宅を建設したのは昭和の初期のこと。それ以前の邸宅は本郷にありましたが、隣接する東京帝国大学の敷地拡張に際し、明治期に農学校が置かれ、その後に空き地になっていた駒場の土地(敷地面積約1万3000坪)との交換が決定。昭和4年(1924)に地上3階地下1階の洋館を、翌5年には地上2階の和館が完成しています。
 前田利為侯爵の死後は、所有者が変わり、また戦後に進駐軍に接収されるなどしたのち、現在の公園の形に整備されました。

随所に主人のこだわりが溢れる造りの洋館

 洋館は、設計を東京帝国大学教授の塚本靖と宮内庁内匠寮の高橋禎太郎が担当。イギリスの15世紀末から17世紀にかけて流行し、ウィンザー城やウェストミンスター寺院などの建築様式として有名なチューダー様式を採用しています。玄関の扁平アーチや3か所ある尖塔などに、チューダー様式の特徴が表れています。また構造は関東大震災を教訓として耐震性に考慮した鉄筋コンクリート造り。外壁は建設当時流行していたというタイル張りです。屋根は4面傾斜が特徴の寄棟造りですが、各面の勾配が二段階に折れているフランス風のマンサード屋根が採用されているなど、様々な様式が取り入れられているのもこの洋館の見どころです。
 内部は非常に凝った意匠が随所に見られ、各部屋の暖炉や床張り、照明器具など、部屋ごとに見どころがあります。このような内装類はほぼ建築当時のままで、当時の生活感を今に伝えています。家族が暮らしていた洋館には、100名前後の使用人が雇われていました。同居・宿直していた使用人数はさほどではなく、周囲の家舎に住まわせていましたが、その使用人用の部屋も館内にしつらえられています。部屋数の多さやセントラルヒーティングの設備なども見どころ。当時「東洋一の大邸宅」などといわれた昭和初期の要人の住居のスケールの大きさを感じさせてくれます。

左:
玄関ホールの奥に2階へ通じる階段がある。階段広間は魚鱗状のステンドグラスがはめられた縦長の採光窓や階段手すり、2階床側面の彫刻もみどころ。


下段:
(左)階段下にも暖炉が置かれている。
(中)1階のサロンは広い間取りで大きな窓が特徴。
(右)階段横の採光窓。下から上へ濃くなるステンドグラスがはめられ、見上げるとより高く見える。

右:
階段を上ると各個室につながるホールがある。赤い絨毯に隠れた木製の床には寄木の幾何学的な模様が見える。天井の梁や多彩な照明器具など、目線の上にも見どころがたくさんある。


下段:
(左)木製透かし彫りが印象的な嵌め殺し窓。上辺のアーチ形状が印象的だが、窓やマントルピースの一部にも取り入れられている共通の意匠だ。
(中)ドアノブの等の金具は多くが輸入品。
(右)広間の各所にみられる木彫のレリーフ。

左:
2階の夫人室は、全体に柔らかな感じの意匠が特徴的。


下段:
(左)マントルピースは輸入大理石で造られている。
(中)中庭には煙突が立っており、非公開だがボイラー室もある。給湯やセントラルヒーティングにも利用されていたようだ。
(右)駒場野の緑を望む窓。窓ガラスの多くは交換されてしまったが、建築当時のものも一部に残されている。

右:
2階の寝室。採光窓にはレリーフ付きの窓枠が入っており、他の部屋との違いを見せる。天井の造りも異なっており、夫人室が平面の4辺格子組みなのに対して、曲面を生かした枡型組みになっている。

下段:
(左)夫人が使用していた鏡台。
(中)2階の当主用書斎は広い間取り。壁面にはガラス扉付きの書棚が造りこまれている。
(右)天井の照明は、レリーフ入りの凝った意匠のものがあり、各部屋で仕様が異なる。ちょっと首が疲れるがチェックしてみるのも楽しい。


開館日=水曜日・木曜日・金曜日・土曜日・日曜日及び祝祭日(月曜日、火曜日が祝祭日の場合は、翌平日が閉館となります)/開館時間=午前9時~午後4時30分まで(駒場公園の閉園時間は午後4時30分です)

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