
| 【第2回】 |
『博士の異常な愛情』 |
または私は如何にして心配するのを止めて
水爆を愛するようになったか
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(1963・アメリカ) |
発売・販売:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
作品名:博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
監督:スタンリー・キューブリック
価格:2980円(税込)好評発売中
戦争映画というと、舞台が陸海空どれをとってもドンパチ撃ち合うもの、といったイメージが強い。しかし戦後になって、それらとは一線を画した新しいジャンルが登場した。それが今回採りあげる「核戦争もの」だ。
米ソが核を撃ち合った直後の一般市民生活を静かに、そして淡々と描いた『渚にて』や、偶発核戦争による米ソ首脳の緊張したやり取りと最後の意外な結末を描いた『未知への飛行――フェイルセーフ』など、このジャンルの映画は意外に多い。そして今回俎板にのせる『博士の異常な愛情』は、その中でも核の恐怖を題材としたブラック・コメディとして異彩を放っている。
アメリカ本土にある、とある戦略爆撃機基地。ここの司令官であるリッパー将軍が突然発狂し、ソ連に核攻撃を命令してしまう。自軍の爆撃機群が異常なコースを取り始めたことを知ったアメリカ大統領(ピーター・セラーズ)は、地下の作戦司令室に軍と政府の要人を集めて早速協議に入るが、空軍司令官のタージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)からは悲観的な情報が伝えられるばかり。
一方、爆撃機を引き返させる暗号コードを得るためにリッパーの戦略爆撃機基地に向かったアメリカ陸軍部隊は、基地防衛隊と交戦。リッパー自身も包囲された騎兵隊よろしく、葉巻をくわえて機関銃で応戦する。
さらに、核攻撃を受けたら人類を10か月以内に全滅させる自動システムをソ連が開発していることも判明、事態はますます混乱していく。米兵器開発局長官のストレンジラブ博士(ピーターセラーズ・二役)はソ連大使にたずねる。「抑止効果のためには、そんな兵器は公表しなければ意味はない。なぜ黙っていた?」ソ連大使は肩をすくめて答えた。「(ソ連)首相は人をおどろかすのが好きな人だ……月曜日の党大会で発表する予定だった」
しかしリッパーの副官で、連絡将校として基地に赴任していたイギリス空軍のマンドレーク大佐(ピーターセラーズ・三役)によって暗号コードが明らかとなり、各爆撃機は基地に帰投し始める。狂喜する地下司令部。だが、一機の爆撃機だけは黙々とソ連領に向かっていった……。
あらすじ自体はシリアスな「核戦争もの」映画と変わりはなく、緊張した流れが背景となっている。しかし各キャラクターが醸し出す日常的・常識的な感覚が偶発核戦争の緊張感の中でどす黒いユーモアを醸し出している。
「人をおどろかすのが好きな明るいオッサン」など親戚にいてもおかしくない。だがそんな茶目っ気のあるオッサンが、核大国の「指導者」であり、しかも核の抑止効果の文脈の中で明らかにされるところなどは、まさに「緊張の中の脱力」的な笑いを誘うのである。アメリカ大統領とソ連首相との会話部分も、こうした脱力感に溢れており、要チェックだ。つまり核の抑止理論がどれほど常識はずれで狂気の理論なのかということを、日常的・常識的な感覚を持ち込むことで笑い飛ばしているのである。
(文=バイオ大森)
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【第1回】 『誓い』 (1981・オーストラリア)
DVD発売元:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
作品名:誓い スペシャル・コレクターズ・エディション
監督:ピーター・ウェアー
価格:4179円(税込)好評発売中
1915年5月、第1次大戦中のオーストラリア西部。牛を追って暮らすアーチー(マーク・リー)と、鉄道キャンプで働くフランク(メル・ギブソン)。2人の若者はともに100ヤード10秒を切る駿足で、競技会で知り合い親友となる。その頃、欧州から遠く離れたこの地にも、ガリポリでオーストラリア軍の奮戦が伝えられていた。英国の流刑植民地として出発し、1901年には政治的に自立したオーストラリアだが、戦争への世論は様々で、それは映画でも2人を通して象徴的に語られている。アーチーは英国に殉ずることを誇りと思い、「100ヤード12の奴も行っているのに」と、家出同然に志願。フランクは冷淡で「ここは自由の国。戦争は英国が勝手に始めた」と言っていたが、「将校になって箔をつける」ため、後を追って志願する。
2人は演習地のエジプトで再会、共にガリポリのアンザック海岸へ増援に赴く。ここでは高い崖に囲まれた橋頭堡、前線の塹壕などがリアルに再現され、壕から敵陣を覗く「潜望鏡」、空き缶を使った手製の手榴弾など登場する小物も興味深い。
8月、英軍のスヴラ湾上陸に際して、2人の部隊はトルコ軍牽制のため、前面の敵陣地への攻撃を命じられる。準備砲撃でトルコ兵を追い払った後突撃と決まったが、指揮官の時計の設定が誤っていたことから、砲撃終了と歩兵の突撃の間に時間差が生じてしまう。トルコ軍が再び陣地へ戻って戦闘準備を整えたのを見て、指揮官バートン少佐は攻撃をためらうが、上官の大佐は攻撃を命令。第1波、第2波が塹壕を飛び出して銃剣突撃を敢行するが、たちまち数挺の機関銃になぎ倒されて全滅する。
バートン少佐は部下の将校に電信でこの惨状を報告させるが、通話の途中で電信が寸断されたため、駿足のフランクが伝令に派遣される。前線の状況を知らない大佐はフランクの説得に耳をかさず、攻撃成功の可能性ありと見て、アーチーも所属する第3波の攻撃も命じる。バートンは最後の手段として大佐の上官の将軍に直接事態を訴えるため、フランクを再度派遣する。フランクの直訴を受ける将軍のもとに、スヴラ湾上陸成功の第1報が入り、将軍は牽制の意味のなくなった第3波攻撃の中止を許し、フランクはこの朗報を持って前線へ疾走する。しかしその時前線では電信が復旧、上陸成功を知らない大佐は攻撃を強要してくる……。「これは殺人です」「殺人でも出せ!」
2人の若者の目線で描かれたこの映画、基本的には史実を下敷きにした創作だが、オーストラリア人の英国に対する複雑な二面性とともに、様々な錯誤や偶然が重なりあって生まれる戦場の悲劇や、捨て駒として一塊に死へ投げ込まれる兵士の運命が描かれ、静かに戦争の無惨を訴える。メル・ギブソンは、荒削りだが茶目っ気があり、戦場では怯えもする人間的なフランク像を好演し、やがてアメリカで『リーサル・ウェポン』などのヒットを生んだのはご存じのとおり。
数千人のオーストラリア兵が戦死したという「ガリポリの戦い」は、この国が自立の道を歩む過程で、避けられなかった痛切な出来事として語り伝えられている。この映画を通じて、我が国ではあまり知られていないオーストラリアの歴史に思いを馳せるのも良いのではなかろうか。
(文=テルシオ工藤)
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