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THE WAR MOVIE セレクション

映画好きの編集者がリレー形式で、戦史を題材にした映画をご紹介するという、雑誌『歴史群像』の名物コーナー。記念すべき第1回は、2000年7月発売の「夏-秋号(No.43)」に掲載されました。

【第25回】『ヒトラー~最期の12日間~』(2005・ドイツ)

エル・シド

作品名:エル・シド
監督:アンソニー・マン
DVD発売元:東北新社
価 格:¥2,625(税込) 好評発売中

 キリスト教徒によるイスラムからの国土回復運動、いわゆる「レコンキスタ」の英雄、エル・シドの生涯を描く屈指の巨編である。
 11世紀後半のスペイン(イベリア半島)。8世紀に進出して以来、国土の多くを支配するイスラム教国と、北部に追い詰められたキリスト教諸国は互いに争っていた。キリスト教国の一つ、カスティーリャのフェルディナンド王に仕える若き騎士ロドリゴは、捕らえたイスラムの大公たちの命を救い、その一人から、真の勇気と情けを持つ武人として「エル・シド」の名を贈られる。
 その後のシドの人生はまさに波乱万丈。イスラム教徒を助けたことで、婚約者シメンの父親から侮辱を受け、彼を殺す破目となり、シメンとの長く冷たい関係が始まる。一方では国王の死後、兄弟2人の王子の後継争いに巻き込まれ、兄の暗殺により新国王となった弟アルフォンソに、兄殺しとの無関係を宣誓するよう強要して疎まれ、追放される。しかし国を思えばこその勇気ある行動は、再びシメンの愛を勝ち得、多くの戦士が彼を慕って集まることになる。
 時は移り、北アフリカからベン・ユサフ率いる強大なムラービト朝のイスラム軍が新たな侵略を開始。流転の生活を続けていたシドは、挙国一致でこれを迎え撃つべく、国王に協力を進言するも拒否され、わずかな同志とともに、ユサフと通じる都市バレンシアを奪回。この地の支配者になるよう薦める人々を制して町を国王に捧げ、ユサフ軍と激闘を繰り広げるが、一本の矢が彼を深く貫く。その夜遂に、シドの忠節に打たれた国王が、負傷の身を横たえる彼の元に援軍を率いて駆けつけるが……。
 数ある中世史劇の中で、これほど見せ場の多い作品も珍しい。カラオラの町の帰属をかけて、槍や長剣を駆使し、馬上で、徒歩で組み打つアラゴンの勇士との一騎打ち。はたまた13人の騎士を相手に、たった1人で挑む死闘場面。ブルゴス大聖堂の壮麗なセットで展開する国王戴冠式……。スペインの自然や古城の風景をうまく取り入れた現地ロケが大きな効果を上げている。戦闘場面は特に凄まじく、バレンシア攻撃シーンでは、城壁にジリジリと迫る攻城兵器群をじっくりと見せ、ユサフ軍と激突するクライマックスでは、疾走する騎馬戦士や雲霞の如き徒歩兵の集団が打ち合い斬り合い、矢が雨霰と降り注ぐ戦場場面を存分に見せてくれる。主役のC・ヘストンも巨大な物量に負けぬ堂々たる体躯と演技で、救国の闘将を好演していた。
 さて史実が下敷きとはいえ、映画には脚色が付き物。1000年近くも前の人物の一生を3時間のエンターテイメントに仕立てるために、相当の圧縮・脚色が成されているが、現実の政治情勢やシドの人物像は映画より遥かに複雑であったろう。たとえば映画に描かれるシドは、完全無欠のキリストの騎士。逆境に追い込まれても最後まで国王への忠節を貫く、無欲にして有徳の英雄像そのものである。しかし現実のシドは職業軍人であり、イスラムの傭兵としてキリスト教徒と戦ったこともある。戦利品の獲得に熱心で、時に過酷な占領政策も行ったようだ。
 だからといって、映画の価値が損なわれることはない。スクリーンのヒーロー像を楽しんだあとに、時代の制約の中に生きたその実像に思いを馳せるのも史劇映画の醍醐味である。すべてが終わったバレンシアの海岸を、愛馬に跨るシドが駆け抜けていくラストは忘れがたい名場面だ。

(文=テルシオ・工藤)

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