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戦国に生きた人物と近現代のヒーローを比較検討し、新たな価値観を構築する暴走コラム!

ナムミョウホウレンゲキョウ!

斎藤道三 さいとう どうさん

1494?~1556

 僧侶から還俗し、油売りの商人を経て美濃守護土岐氏の臣となり、遂には主家を乗っ取り美濃一国を手中に収めた…というのは訛伝とする説が現在では主流。但し入道号を持つ以上、僧としての身分も有していたことは間違いなく、画像の賛に題目が書かれているので、恐らく日蓮宗。「美濃の蝮」の通り名で近隣の大名家に恐れられたことは事実らしいが、冷酷非情な国盗りに加え、罪人を釜茹でに処した等の逸話まで加わって、戦国史上で悪名をほしいままにしている武将。

激似戦国武将論 信長の独断 クラシックス・プラス ●文・イラスト/大野信長

【その15】

斎藤道三と
念仏の鉄

ナムアミダブムツ!

念仏の鉄 ねんぶつのてつ

生没年不祥(文化文政期)

 TV時代劇『必殺仕置人』『新必殺仕置人』に登場した殺し屋。仏門を逐われた佐渡帰りの“破戒僧”。表の稼業は骨つぎ師だが、素手で相手の背骨(後に肋骨)を外し絶命させる殺し技を使う「仕置人」。第一期必殺シリーズの黄金期を築いたキャラクターで、中村主水の最初の仲間でもある。金にがめつく女に目がない。「仕置」は世直しでも仇討でも商売でもなく単なる趣味、と位置付ける無頼漢。山崎努が怪演した。「念仏」と呼ばれるくらいだから、浄土宗かな?

主だからさ…(シャア・アズナブル風に)。
……うん。まぁ、それがヒラメキの全て。えへっ。毎回そんなヒラメキのみで書き始めるこのコラム。鉄と道三、きっと意外な共通点もあるハズだ、と直感を信じて今回も進めちゃうもんね。
 念仏の鉄、その個性は強烈だった。静かに、美しく、あくまでも華麗に命を奪う…なんて「必殺」の様式美などどこ吹く風。時にはまず相手の手足をヘシ折り、嬲りながら処刑する。より苦しみを長引かせるために、あえて絶命させない。ある意味ドS。殺しは趣味と断言する一方、びびったら速攻で逃げる。標的を仕留めるという目的のためなら、汚いチエも使う。一切の綺麗事とは無縁の「ネンブツ」の悪漢ぶりに視聴者は喝采を贈った。
 とは言え、時代も時代。良識ある視聴者の中には嫌悪感を覚えた向きも少なからずあったのだろう。鉄、そして仕置人シリーズは人気を博したが、ストーリーも演出も未だ際どく、『水戸黄門』や『遠山の金さん』のような国民的番組のそれには程遠い、キワモノ的扱いだったように思う。「必殺」が家族で見られる番組として市民権を得るには、ストーリーも登場人物もマイルドになり、中村主水による小市民的ペーソスを前面にフィーチャーした『仕事人』シリーズの登場を待たなければならなかった。魅力は格上、だが惜しいかな、「仕置人・念仏の鉄」は時代に対しちょっとだけ早過ぎ、処理がちょっとだけ野放図過ぎたのである。
 美濃の蝮、いや「マムシの道三」。為政者としての能力評価も今ひとつなら、好きな武将として彼を一番に挙げる者も決して多くない。そう、彼の評価はおしなべて低い。
 実父・長井新左衛門尉と混同され続けた「国盗り」、政変に伴い改竄が加えられたであろう行跡…。その実像が明確でないことと、「悪名」ばかりが広く浸透したことが要因となって、道三は「メジャーになりきれなかった悪党」の烙印を押されたままになっている。
 だが、信賞必罰主義や楽市楽座など、信長が示した「信長らしいと評価される」苛烈な、或いは自由な政策の幾つかは、道三イズムの明らかな継承である。信長の必罰主義が、実は足利義昭という後ろ楯を得てから始まったことを考える時、己の力のみを頼りに政策を断行した道三の方が、信念の純度も時代の先を行く馬力も高かったと言えるだろう。直臣の多くが道三から譲り受けた人材で構成されていたことも併せれば、信長の覇道は道三の遺産を「上手に、賢く、手堅く」時代にあわせて運用した結果であったとすら言えるかもしれない。
 弘治2年、政権剥奪を目論んで挙兵した子・義龍と戦った道三は戦場に散った。鉄もまた、仕置人組織乗っ取りを画策する裏切者・辰蔵によって腕を焼かれ腹を刺され、刺し違えて果てた。道三は長良川河畔で、鉄は岡場所の布団の中で。孤独に最期を迎え、亡骸が埋葬されることすらなかった。
 悪党の評価を決定するのは、その死に様だ。侘しく、惨めで、報われぬものでなければならない。時代に対し、一切のサービスを行わなかった証になるからだ。「何者とも折り合いをつけぬ」悪という名の力に関する限り、両名の完成度は、確実に信長や主水より「格上」だったのではないだろうか。

【その15】初出/歴史群像Vol.47(2001年6月号)

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