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『How to Draw 戦国の城』精密歴史再現イラストができるまで

ヴィジュアル歴史雑誌を標榜する『歴史群像シリーズ』のスピリットともいうべきものが、再現イラストであろう。とくに人気が高いのが、雑誌『歴史群像』誌上にて長期にわたり連載中の「戦国の城(旧・戦国の堅城)」である。ここではNo.90(2008年8月号)に掲載された「甲斐・御坂城」を題材に、香川元太郎氏による精緻なイラストがどのように描かれるのかを追ってみた。

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執筆・監修者の西股総生氏から送られてきた各施設を描き込んだ縄張り図。現況では崩壊したり改変されている部分は、推定復元して表示してある。建物の復元は、発掘により礎石や柱穴が検出されていれば、それを元にするが、多くの城では発掘調査がなされていない。このため復元には建物のみならず、当時の合戦様相にいたるまでの該博な知識が必要とされる。ただし、復元は残念ながらあくまで推定でしかない。

西股氏から送られた、指示書や縄張り図。有名な合戦の舞台となった城をイラスト化する際は、時期を設定する場合もある。今回の御坂城では秋とした。城だけでなく、周辺の景観も考証する必要がある。なお西股氏の指示書は遊び心があり、伊豆長浜城(歴史群像No.84号掲載)では、「釣りをする人」「魚を干してある」といった指示があった。こうしたディテールは、絵を活き活きとさせる。

城を見るアングルを決めて、縄張り図に位置を合わせるためのグリッドと標高を書き込んだところ。今回のグリッドは1マス60mと設定。城を見るアングルは、執筆者の意見を入れながら、香川氏と編集部との打ち合わせで決める。

先のグリッドをもとにパースを付けたもの。今回の御坂城では遠景を入れなくてもよいことや、長く延びた城を横からみるため、城内の遠近の差を表現する必要があまりなかった。このため、パースは緩やかである。遠景を入れる場合は、パースをきつくして広角レンズで見たイメージになる。

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下絵用の白紙をパースの入ったグリッド用紙に重ねて、縄張り図のグリッドを手がかりに斜めに見下ろした曲輪の形を描く。鉛筆(シャーペン)とペンを使用。紙の端の数字は標高を示している。

地形を起こす際は、曲輪ごとに、その標高に合わせて下に敷いたグリッド用紙を上下にずらす。これはイラストの基本構造が、地形図を斜めから見た立体図であるためだ。ワイヤーフレームで起こした立体C.G.を想像していただけばよいだろう。写真はグリッド用紙をずらしているところ。これから描く部分は標高1612mに比定されるので、それに合わせる。

この写真は縄張り図の範囲外となる周辺地形を起こすために、1/25.000地形図にグリッドを入れているところ。遠景が入るイラストの場合、かなり大変な作業となる。

写真⑦での作業をもとに周辺地形を描き起こす。ここでは城の奥に見える山麓部の地形を描いているところ。グリッドのずらしも大きくなったため、グリッド用紙を継ぎ足す。

下絵完成。地形起こしの下絵は、一度コピーをとり、そこに建造物を入れる。わかりやすいように建造物などには色ペンを使用する。これを編集部に送り、監修者のチェックが入る。

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本画に使用する紙(BBケント紙)に下色をエアブラシで塗る。下色は基本的な遠近感を出すため、手前が濃く奥が淡くなるように塗る。土造りの戦国の城では多くの場合、下色は黄土色系を使用するが、海城や空が多く入る場合は青系の色も使用する。用紙の端に貼ってあるテープは枠取り用(今回は印刷サイズの1.2倍の大きさ)。なお用紙には下地絵具を事前に塗ってある。

地形起こしをした下描きと、下色を塗った本画用紙をライトテーブルの上に重ねる。この状態で本画を描く。

3H程度の硬いシャーペンを使用して、地形起こしを進めているところ。画面に汗や脂がつかないよう手袋をはめているのに注目。なお戦国期の山城を描く場合、建物よりも地形の表現がはるかに重要な要素となる。

地形起こしが終わった後、HBのシャーペンで柵や建物を描き起こす。中央の白いペンのようなものはノック式の消しゴム。建物を描くために、土塁などの線を消すこともあるが、なるべく地形が見えるように工夫する。

線描きが終わると着彩に入る。使用するのはアクリル・ガッシュ。この絵の具は乾くと水に溶けないので、作業中は絵皿の絵具に時々水をかける。また、着彩前にはシャーペンで描いた線が汚れないように、薄く溶いたアクリルメディウムをエアブラシで吹きつけて線を定着させておく。

着彩もまず地形から。この後、一通り地形を起こしたら、周辺の景観(今回は晩秋のブナ林)を描く。

建物の着彩に入る。御坂城は、大兵力が籠もった最前線の城ということもあって、しっかりした建物よりも小屋掛が多い。

建物を描き終えたら、人物や旗を描き込む。ここでは再びシャーペンを使用するので、描き終わったら再度メディウムを吹きつけて定着させる。アリさんのような人物が持つ鑓と建物との対比に注目。戦国末期の長柄鑓となっている。ちなみに戦国初期を描いた「武蔵 深大寺城(No.88号掲載)」では、鑓はさほど長くない。

建物や人物に影を入れるなどのフィニッシュワークを行うと、とりあえず完成。とりあえずとしたのは、この段階でも監修者からの修正が入ることがあるからだ。幸いにして今回はこれでOKだった。
おつかれさまでした。

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完成した「甲斐・御坂城」。雑誌掲載バージョンと違って、番号や文字が入ってない状態をじっくり御覧いただきたい。