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■蕯摩の群像こぼれ話 ■第14回「全国山城 サミット」三原大会 ■本土決戦余話 ■わかりやすいのは悪いこ と!? …日本海軍の階級章 ■幻の五式軽戦車の エンジン ■闇に生き、闇に死した忍 者。その実態に迫る !! ■“大人の絵本”を目指して ■戦国時代の“ブログ”が 紐解く「本能寺の変」 ■通巻60号を前にして ■リニューアルに際して ■日本100名城とは? ■カバーイラストのはなし
■階級章の変更
太平洋戦争中の昭和17年、日本海軍下士官・兵の階級章のデザインは大きく変更され、それ以前のものとはまったく違ったものになったが、変更以前の階級章は見ているだけで楽しい。 これは、円形の地に描かれた絵柄で所属する兵種(兵科[戦闘に直接携わる]、機関科[艦艇の機関=エンジンを担当]、主計科[経理や事務]等、それぞれが割り当てられた専門[=役割]のこと〉と階級を同時に示す方式のもので、兵種はそれぞれを象徴するモノの絵柄で示される。 例えば兵科は錨(下図参照)、機関科はレンチ、航空科は上面から見た飛行機と、とてもわかりやすい。パソコンのアイコンに通じるものがある。 いっぽう階級は、兵種のマークの数、桜の花および葉のマークで示される。すなわち、兵の場合は、三等水兵=兵種を示すマーク1個、二等水兵=兵種を示すマークがクロスする形でふたつ、一等水兵=二等水兵のマークのうえに桜の花のマークがつく。 下士官の場合は、上記した三等~一等水兵のマークを桜の葉が囲んだデザインになっていた。つまり、三等兵曹は三等水兵の、二等兵曹は二等水兵の、一等兵曹は一等水兵のマークを桜の葉が囲むデザインであった。
■変更の理由
この方式は確かにわかりやすい。階級については知識がないとわからないかもしれないが、兵種はマークを見ればある程度は想像がつくだろう。昭和17年のデザイン変更の背景として、階級章の製造効率化などのほかに、防諜上好ましくない、との理由があったというのも頷ける。戦場や後方で部外者に所属兵種を知られることで生じる不都合をおそれたのだろう。 変更後の階級章はなんとも味気ないものとなり、下士官兵からの不平も多かったという。 『図説・日本海軍入門』では、変更前、変更後、そして士官の階級章も紹介していますので是非お読みください。
(文=編集長H)
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■五式軽戦車とは
五式軽戦車は、太平洋戦争中に新たに開発された最後の軽戦車です。開発担当は日野重工、九八式軽戦車よりも大型で、九七式中戦車改並みの攻撃力を備えていました。最大速度は時速50kmで、当時としては快速といえるレベルです。昭和17年に開発がスタートし、20年に試作車1両が完成していますが、その実態は謎に包まれています。本誌136頁に側面図を掲載していますが、これはあくまでも想像図であることをお断りしなければなりません。
■搭載エンジンの発見
↑ちよだEC型直列6気筒空冷ディーゼルエンジン
ところが、今回、統制型一〇〇式空冷ディーゼルエンジン(一式中戦車や三式中戦車などに搭載された当時の日本の戦車の標準エンジン)の取材をきっかけにして、その五式軽戦車に搭載が予定されていたと思われるエンジンにたどり着くことができたのです。 編集制作をご担当いただいたT氏の取材記をお読みください。 「従来のミリタリー系の書籍や雑誌の記事を読んでいて、今一つ釈然としないことがあった。それは、当時の日本製の空冷ディーゼルは本当に駄目なエンジンだったのかという疑問である。それを確認するには実物を見るのが手っ取り早い。統制型一〇〇式空冷ディーゼルは終戦直後のトラックに搭載されていたし生産量も多いので、必ず現物がどこかに残っているはずだと思った。 そこで、戦後にディーゼル商用車をいち早く製造したいすゞや日野自動車といったメーカーに注目してみた。日野自動車には東京の八王子に『日野オートプラザ』という博物館があって、同社製のエンジンが多数展示されていることが分かったので、とりあえず足を運ぶことにした。 この小ぢんまりとした自動車博物館の奥まった一角に、1942年に製造されたDB52型エンジンが置かれていた。これが日野重工製の統制型一〇〇式空冷ディーゼルエンジンであった。メーカーがメンテナンスをしているので状態は抜群にいい。オイルパンの下にはオイル受け用のパッドが置いてある。つまり、このエンジンからは製造から60年以上たった今もオイルがにじみ出ているのだ。 目的の物には首尾よく出合うことができたが、その隣に展示されていたエンジンを見て面食らった。1937年製の『ちよだEC型』とあり、クランクケースとシリンダーヘッドがアルミ合金製でルーツ過給で150馬力を発生するという。何と、1937年に造られた過流燃焼室付き部分アルミ製スーパーチャージド空冷ディーゼルエンジンだったのだ。 このエンジンの正体はなかなか思いつかなかった。しかし、本誌の編集作業を進めていくうちにふと気がついた。今となっては車体形状さえ定かではない幻の五式軽戦車のエンジンのスペックと完全に一致するのだ。このエンジンは五式軽戦車用ではないか。 コンパクトで造形の美しさが印象的な古(いにしえ)のエンジンの正体が突き止められたようで、少しばかり満足感に浸った」 ちなみに、「ちよだEC型」は東京瓦斯電気工業製ですが、東京瓦斯電気工業とは日野自動車の当時の社名です。このエンジンが五式軽戦車用のものと100パーセント断言することはできないかもしれませんが可能性は十分だと思います。こういったことが編集者にとっては取材の醍醐味といえるのです。
(文=編集長W)
■忍者は超人だったか!?
幼い頃、誰もが一度は忍者に憧れたことがあるのではないでしょうか? 手のひらに十字手裏剣を載せて「シュシュシュッ」とやった経験、ありませんか? すっかり忍者になりきって、無謀にも高いところから飛び降りたりして……よく事故に遭わなかったものだ、といま考えると冷や汗ものだったりする思い出が、私にはあります(汗)。 さて、映画や小説でも大活躍の忍者ですが、しかし彼らは陰の存在。基礎史料も限られる中、その実態については謎が多いのが実情です。逆にいえば、だからこそ想像もふくらみ、いつの時代にも高い人気を誇っているともいえるでしょう。 とはいえ、それで納得していたら本はできません。「超人的」とされるそのイメージにいかに合理性を見いだし、また歴史的事実に則した上で、どれだけ忍者の実態に迫れるか? 記事の構成・製作にあたっては、その点を最も重視しました。 例えば「忍びの技 忍術」というパートでは、実際の忍者の行動を大まかに想定し、以下のように忍術を解説しています。
……などなどです。それぞれの術の解説は、忍者研究家の池田裕氏と、テレビや国内外で忍者ショーや忍術教室を主宰されている伊賀流忍者集団 黒党(くろんど)代表・黒井宏光氏にしていただいています。 また「忍者の系譜」では忍者誕生とその発展の歴史を詳述するほか、「忍者軍団」では伊賀者、甲賀者(「こうかもの」と読みます)、透波(すっぱ=武田忍軍)、軒猿(のきざる=上杉忍軍)、乱波(らっぱ=北条忍軍/風魔一党)、根来・雑賀衆、真田衆など、名だたる忍者集団の特徴に迫っています。 もちろん「忍び装束」や各種手裏剣ほかを扱った「忍器」も充実。さらには「伊賀・甲賀の“城”」や、屋内に仕掛けられたからくりを描く「忍者屋敷」、「忍者列伝・実在+架空編」など、どれをとっても楽しい企画が満載です。 絵空事ではない忍者。合理性に裏打ちされたその精神と実態に多角的に迫った本書。ぜひお手にとってご覧下さい。
(イラスト=シブヤユウジ、文=編集・企画担当K)