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THE WAR MOVIE セレクション

映画好きの編集者がリレー形式で、戦史を題材にした映画をご紹介するという、雑誌『歴史群像』の名物コーナー。記念すべき第1回は、2000年7月発売の「夏-秋号(No.43)」に掲載されました。

【第34回】 『脱走四万キロ』(1956・イギリス)

脱走四万キロ

作品名:脱走四万キロ"THE ONE THAT GOT AWAY"
発売元:株式会社ニューライン
販売元:ジェネオンユニバーサルエンターテイメント
価格: DVD¥2,625(税込)

©MCMLVII by The Rank Organisation Film Productions Limited. All Rights Reserved. Licensed by ITV Global Entertainment Ltd. All Rights Reserved.

 1940年9月5日、「バトル・オブ・ブリテン」の最中、英本土に不時着して捕虜となったドイツ空軍パイロットのフランツ・フォン・ヴェラ大尉は、英空軍の尋問官に「6か月以内に脱走する」と宣言。収容所に送られたヴェラ大尉は英軍の虚を突いて脱走したが、予想よりも早く英軍が捜索を開始したため、あえなく捕らえられてしまう。2回目の脱走は英空軍に所属するオランダ人義勇パイロットに成りすまし、大手を振って飛行機で高飛びしようとしたが、あと一息というところでまたもや捕縛。脱走を繰り返すヴェラに業を煮やした英軍は、彼をカナダの収容所に移送することを決定するが、彼は極寒のカナダでの移送中、列車から3番目の脱走を試み、当時はまだ中立国だったアメリカへの逃亡に、ついに成功するのだった……。
 本作『脱走四万キロ』の特徴は、あくまで1人の捕虜の脱走への執念に焦点を当てた点だろう。主人公ヴェラ大尉は失敗しても挫けず、綿密な計画を立てて何回も脱走に挑む。収容所から別施設に移動させられるときに英軍の監視態勢を検討してその盲点を見つけ出すくだりや、オランダ人パイロットに成りすました際に、脱出用の飛行機を得るため危険を承知で、あえて英国市民や警察、はては英空軍将校に自ら接触していく場面など、スリリングなシーンの連続で見応え充分。たとえば英空軍の飛行場の名称を聞いたとき、新型の長距離爆撃機の名前と勘違いして相手に訂正され慌てるなど、ハラハラさせられる場面が、巧みな演出で丹念に描かれている。こうした演出の積み重ねがあるから、あと一息、というところで捕獲されるシーンでは、うなだれるヴェラ大尉に思わず感情移入してしまうのだ。
 ところで、捕虜の脱走を描いた大作といえば言わずもがな、ドイツ軍の捕虜収容所からの連合軍将校の大量脱走を描いたスティーブ・マックイーン主演『大脱走』(1963・アメリカ)が有名だ。この映画では、ハリウッド・スターたちが演じる一癖もふた癖もあるキャラクターが多数登場しドラマを盛り上げ、またアクション・シーンも充実しており、「さすがハリウッド超大作!」という作品だった。
 一方、本作『脱走四万キロ』は、登場人物も少なく、アクション・シーンもほとんどない。ヴェラ大尉は相手を派手に殴り倒したりするようなこともしないし、あくまで頭脳プレーに徹する。しかし、だからこそ彼の綿密な脱走計画の立案や相手との駆け引きがリアルで、俄然、面白くなっているといえる。いわば、知力・体力を尽くして逆境をはねのけようとする、1人の男の冒険譚、といった趣だ。
 実はこのヴェラ大尉は実在の人物で、本作は彼の体験をできるだけ忠実に映画化したという。イギリス映画であるにもかかわらず、ドイツ軍兵士が主人公である点が異色なのだが、挫けずに何度も脱走を繰り返し、最終的にカナダで脱走に成功して祖国ドイツに帰還するという、胸のすくような逸話により、ヴェラ大尉は味方の兵士のみならず敵からも称賛され、現在でもヨーロッパではヒーローだそうである。やはりこの映画は、兵士たちの心の琴線に触れるような「戦場の冒険譚」の傑作といえるだろう。
 ちなみに本作でヴェラ大尉を演じたドイツの名優ハーディー・クリューガーも第二次大戦に従軍した時に米軍の捕虜となり、なんとこちらも数回に及ぶ企図の末、最終的に脱走に成功。その経験が本作の役作りに生かされたという。まさに『脱走四万キロ』は「元脱走者による迫真の大脱走映画」なのだ。

(文=バイオ大森)

【第33回】 『砂漠のライオン』(1981・アメリカ)

 本誌96号の「イタリア軍の北アフリカ戦線」でも語られているように、元はといえば、ロンメルの活躍もリビアのイタリア軍の失敗から始まったわけだが、本作は戦前、イタリアのリビア支配に対し徹底抗戦したベドウィン(アラブ系遊牧民)の英雄、オマール・ムクタールを描いた超大作。
 植民地拡大を図るイタリアは、1912年、オスマン・トルコとの戦争に勝利、その領土の一部であったリビアを獲得する。しかしその後も現地アラブ人の頑強な抵抗は続いていた。
 1922年に政権を取ったムッソリーニは、抵抗運動の徹底的弾圧を開始、第一次大戦の英雄グラツィアーニ将軍を現地へ送りこむ。映画は1929~31年における、グラツィアーニ麾下のイタリア軍とムクタールの抵抗軍の死闘を描く。
 全篇の4分の3が戦闘場面。戦車・装甲車・軍用機に毒ガスまで投入するイタリア軍に対し、馬で移動し、小銃や分捕った爆薬くらいしか持たないベトウィンはゲリラ戦で抵抗。駐屯地を奇襲し、イタリア軍を伏兵の待つ砂漠や手製の地雷原へ誘導し全滅させる。グラツィアーニは住民のゲリラ支援を排除するため、井戸を埋め、穀物を焼き、50万人を強制収容所に隔離。さらにゲリラの補給路や逃走路となっているエジプトとの国境に、有刺鉄線による20世紀の「ハドリアヌスの長城」を築き、その連絡線を断つ。勇戦むなしく次第に山岳部に追い込まれていくゲリラ部隊。そして遂にムクタールが捕らえられる日が……。
 日ごろは温和な老教師だが、戦場では勇猛で知略に溢れた指揮官となるムクタールを、アンソニー・クイーンが好演。彼とゲリラ戦士を英雄的に描き、住民への強制労働や暴行、処刑といった支配者側の行為を糾弾しているのはもちろんだが、イタリア軍を絶対悪としていないところがミソ。敵ながらムクタールに最後まで敬愛の念を持ち続ける大佐や、女性の処刑に抗議して悲劇を招く中尉なども登場し、欧米の観客にも受け入れ易い作品になっている。また出番は少ないながら、ムッソリーニ役のロッド・スタイガーが、貫禄たっぷりの“ドゥーチェ”像をノリノリで演じているのも見ものだ。
 驚くべきは当時の戦車をはじめ軍用車両を再現していること。1930年前後となると、さすがに現用車両で代用というわけにはいかず、新しく作り上げた。イタリア版ルノーFTであるフィアット3000は、武装こそ異なるが外見はそっくり、後部には超壕用ソリもついている。さらにランチアーZM装甲車からトラックの類まで、クラシカルな車両群のオンパレードも必見だ。
 監督のムスタファ・アッカドはシリアに生まれ、米国へ移住して映画を学び、ハリウッドへと活躍の場を広げた異色の経歴を持つ。ホラー映画『ハロウィン』シリーズの数作に製作総指揮として名を連ねたほか、その出自を生かし、イスラムの開祖ムハンマドの生涯を描いた大作『サ・メッセージ』を完成させており、本作もそうした路線の1つであった。知られざるイスラムの歴史や主張を、押し付けがましさなく世界に発信できる、稀有な映画人と期待されたが、皮肉にも2005年、ヨルダンはアンマンのホテルで起きたアラブ過激派の爆発テロに巻き込まれ、娘と共に命を落とした。『サラディンと十字軍』『アルハンブラの王女』など多くの企画を胸に抱いたまま……。
 ともあれ、戦間期のイタリア軍の戦いをその装備もろとも再現した映画は希少価値抜群。少々スローテンポな部分もあるが内容は濃い。DVDは廃盤だが、レンタル店を探し回る価値ありと考える。

(文=竹之内レギオ)

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